不許
桐がトイレの便座に座り、ドアの下を見れば隙間から地べたに座り込んでいるであろう青鬼の影が見える。
扉に寄り掛かっているのか、時折ミシミシとドアが音を立てる。
こんな木の板一枚すぐに破壊できるだろうが、そうしないのはどういう意図があるのか分かり兼ねるのが今の現状だ。
「きりちゃんっ。はじめて、ぼくにしゃしんを、おってくれたとき。あのときのことおぼえてるぅ?」
ドアの向こうにいる青鬼が話し掛けてくるが、内容に全く身に覚えのない。
「くふぅう。はずかしいのかなぁ。きりちゃんはかわいいなぁ~」
話が通じる相手ではないのを感じる。このまま黙っておくのがいいのか、話して解決の糸口を見つけるべきなのか考える間にも青鬼は一方的に話を続ける。
「きりちゃんのしゃしん、ぼくのたからものなあんだぁ」
この青鬼が何者か、ここまでの会話で桐は初めて気が付く。
(前に道を尋ねてきた人!?……でもなんで鬼の姿になってるんだろう)
「あ、あの……」
勇気を振り絞って声を掛けるが、それは悪手になる。
ドンっ!! とトイレのドアが激しく揺れ、桐のいる場所だけでなく個室全体がガタガタと大きく揺れる。
「きりちゃん!! なに? あいたい? ぼくもあいたいっっっ! だすよ! いまそこからだすよ!!」
興奮した青鬼の声とすぐに破れそうな頼りない壁を見て桐の足が震える。そして予想していたよりもあっさりとドアは破壊され、目の前には濁った目を血走らせ、口からだらだらとヨダレを垂らす青鬼の姿が現れる。
無残な姿になったドアを後ろへ乱暴に投げると、狭い個室の壁を押し広げ破壊する。
荒い息は離れているのに嫌なほど鮮明に聞こえ、ゆっくりと近づく青鬼から逃げたいが、最早逃げるどころか立つことも出来ない。
悪臭を放つ息をかけながら手を伸ばす。
「きりちゃ~ん、ぼ、ぼく、さわるよ。さわっちゃう、ぐふっ! ぐふふっ」
青鬼の指先が不意に止まる。
青鬼が上を見上げると、ヨダレが口から溢れ出し体を伝って地面に落ちる。突然トイレの窓が割れ、同時に青鬼のこめかみが弾け勢いよく背中から倒れる。
ズシンっと重い音を立て倒れた青鬼の肩や、足の一部が弾け青黒い血が弾ける。清んだ音色を鳴らしながら地面に転がる丸い鈴を見て桐は大きく目を見開く。
「いだぁい、いだぁい!!」
窓が派手に割れ光が真横に走ると、光る羽を広げた橘花が立ち痛みで泣き叫ぶ青鬼を睨む。
「うちの子に手を出して、ただで済むと思わないことね」
手に持っていた銃身の長い、狙撃銃を手放すと空中で光になって消える。そのまま手のひらに光の魔法陣が生まれ小銃が握られる。
清んだ音色と共に放たれた銃弾は、倒れている青鬼の足や肩に当たり、青黒い血が立ち昇る。
「があああっっ!!」
叫びなのか威嚇なのか分からない奇声を上げ、立ち上がる青鬼がトイレの個室の壁を破壊しながら拳を振るう。
木片が舞うなか、橘花が素早く青鬼の懐に潜り込むとすれ違い様に顎下に銃弾を撃ち込む。そのまま顎を上げよろける青鬼の腹を蹴るとトイレの壁に叩きつける。
「なにこれ、気持ち悪いわねっ」
足に残る感触と、壁にヒビが入るほど強く叩きつけられ、衝撃で波打つぶよぶよの体を見て橘花が心底嫌そうな表情をするが、その表情がすぐに険しくなり、座り込んでいる桐を抱きかかえる。
「逃げるわよ」
「えっ!?」
橘花にお姫様抱っこされ驚く桐だが、更に窓から飛び出て宙に身を投げて驚きを加速させる。
「お、おちっ!?」
「落ちないわよ」
橘花の胸でキュッと体を縮め強張る桐が橘花を見上げれば、眉間にしわをよせ不機嫌そうな橘花と背中に広がる羽が光輝いて見える。
薄暗い空間にて光を放つ羽に見とれたのも束の間、上空で爆発音がして目線をずらせば先程まで桐達がいたトイレの壁に大きな穴が空いており、大量の破片が落ちてくる。
落ちてくる破片を、羽で遮りながら地上に降り立つ橘花が上を見て、桐を庇うため前に出る。
「自爆だったら良かったんだけど、相手しなきゃいけないみたいね。めんどくさい」
ため息混じりに愚痴る橘花の上に青い塊が落ちてくる。
脇に桐を抱えたまま羽を広げ、地上スレスレを飛びながら数発の鈴の銃弾を放つ。
「ザンパータ!!」
青い塊目掛け飛んでいく鈴たちは橘花の声を受け、思い思いの方向に曲がりすれ違いざまに、ちょっときつめのネコパンチをお見舞いして飛んでいく。
青黒い血を垂れ流しながら、青い塊の体のあちこちでボコボコと沸騰するように盛り上がると、グチャっと気持ちの悪い音を立て次々と破裂する。
地面に、青黒い色を撒き散らしながら、青い塊は鬼の形を形成しながら橘花たちの方へ向かってくる。
「ったく、気持ち悪いのよっ!」
桐を抱えた橘花が羽を広げ飛びながら、後退しつつ銃弾を放つ。
鈴の銃弾は青鬼のブヨブヨの体にめり込むと、放たれたときの音色を止め沈黙してしまう。当たったときこそ青黒い血が僅かに散るが、本人は構わず突っ込んでくる。
「きりちゃんおおおお、かえせええええ!! ぼくのおおおきりちゃんおおおおっ!!!」
皮膚なのかヨダレなのか、はたまた血なのか大量の糸を引きながら大きな口を開けただれる腕を伸ばす。
「ぼくのきりちゃんぁあん! ぼくとひとつになるのおぉぉっじゃまあするなあああ!!」
ぶよぶよの体に足はなく、歩くのではなく引きず姿はナメクジのようで、地面に体液の後を引くことでより一層その姿を連想させる。両腕を伸ばし濁った目に桐を映し求める姿に、桐はギュッと目を瞑って目を逸らす。
人でいう額の部分に銃弾を撃ち込んだ橘花が地面にそっと降りると、桐を降ろして自分の背中に押しやり庇う。
「保護者として言わせてもらうけど、あなたと桐との交際は認められないわね。動機も不純だし、相手の気持ちも分かったないようなヤツに近付いてい欲しくないわ」
「うるさああいいい!! ぼくときりちゃんわあ、あいしあってるんだああっ。じゃまするなあ、ばばああっわああ、どけええ!!」
「あっ? 今なんて言った?」
叫ぶ青鬼の言葉に対し、キレる橘花の放つ圧に桐は怯えるのだった。




