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花天月地  作者: 功野 涼し
鬼ごっこ

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逃走

 事務所の机で頬杖を付きながらマウスをクリックする橘花は大きくため息をつく。


「ネットに流出した画像を全て消すのは難しいわね。消去依頼出してもいたちごっこでしょうし」

「ねっとーって怖いんですね。調べたりするのに便利なものって、だけかと思ってました」


 感心した様に牡丹は頷いているのに対して、桐はうつむいて下を見ている。


「取り敢えずしばらくは私か牡丹と行動を共にすること。いいわね? 牡丹もお願いね」

「任せて下さい! 桐は私が守ってみせます」


 ドンッと胸を叩いた牡丹は、桐の肩を叩く。


「桐、私に任せて下さい!」

「うん、ありがとう牡丹。頼りにしてるよ」


 不安そうな表情から笑顔に変わる桐にそう言われ、牡丹は嬉しそうに照れる。



 ***



「橘花さん、お昼から警察へ行かれるんですよね?」

「あっ、今日だったっけ? あぁ、ちょうどいいわ。桐を襲ったってヤツのことも聞けるかもしれないし。

 桐と牡丹は書類整理と掃除、後は電話番お願い。今晩は適当に私が買ってくるから、桐は外出禁止ね」

「分かりました」

「了解です!」


 お昼を食べ終え、皿を下げる橘花から、昼からの予定を告げられ、桐と牡丹は返事をする。



 ***



 橘花が出掛けてから桐は、事務所の中にある書類を整理しながら掃除を行う。外では牡丹がホウキで出入り口を掃いている。


「ふふふふっ! 右手が上手に使えるようになった私は無敵なのですよぉ!

 葉っぱどもめ、我の力の前にひれ伏するがいい!」


 最近、アニメにはまっている牡丹は、ホウキで葉っぱやゴミをかき集めると、ちり取りで取っていく。


 何度目かのちり取りにあるゴミをビニール袋に入れていたときだった。


 ビリビリと毛先が立つような感覚を感じた牡丹は身構え、鋭い目で辺りを見回すと、塀の角を睨みつける。


「こそこそしてないで出てきやがれです!」


 左手の爪を伸ばし身構える牡丹の目の前に、のっそり現れたのは小太りの男。


 牡丹は、その男を睨みつつ、鼻をスンスンして匂いを確かめると、耳と尻尾を出して身を低くして戦闘体制に入る。


「お前はこの間、桐を襲ったヤツ……匂いが人間じゃなくなっているじゃないですか。どうゆうことです?」


 尖った歯を見せ威嚇する牡丹の前で、小太りの男がビクンっと体を大きく震わすと、皮膚が裂けバキバキと音を立て体を変化させていく。小太りな体は青黒く変化しながら醜くく脂肪を垂らし、身長を大きく伸ばし3メートル近くある。


 顔は堀が深くなり皮膚はひび割れている。歯は鋭く尖り、下の歯2本がより長く鋭く上唇より上に伸びる。白目が失くなり、黒く濁った目には小さな点が虫のように(うごめ)いている。


 そして最後に頭に不格好な角が生えてくる。


「鬼? それにしては醜い姿ですね」


 牡丹が前に見た本で見た鬼の姿と、目の前の相手を重ねる。


 青黒い肌から察するに青鬼と呼べなくもないが、高い身長にブヨブヨにはみ出て垂れる脂肪がそう呼ぶのを躊躇わせる。


「なんだっていいのです。お前が人間でないなら本気で行くだけです!」


 牡丹は左足で地面を蹴ると、左手の爪を振り下ろす。


 それは完璧なタイミングと角度だった。青鬼は反応するわけでもなく爪を受けると、僅かにどす黒い血を宙にばらまく。


「な、効いていない!?」


 攻撃を正面から受け微動だにしない青鬼、逆に攻撃が入らずバランスを崩す牡丹。拳を構え低い体勢からの重い正拳突き。


 限界まで身を後ろに引き勢いを殺そうとするが、無情にも拳は牡丹の鳩尾に入り事務所のガラスを破り中に転がる。


「牡丹!?」


 中で掃除をしていた桐が、突然の出来事に悲鳴にも似た叫びを上げる。その声を聞いて壊れたソファーに転がっていた牡丹は勢いよく飛び起きると、わざとらしいくらいの笑顔を見せ桐に話し掛ける。


「桐、化け物がきたのです。一旦逃げて下さい。私ちょっぴり本気出しちゃいますから近くにいると危ないですよ」


 桐を見てニッコリ笑うと牡丹は口の周りの血を拭い、事務所の外へ向かって飛び出す。


 突然のことにオロオロする桐だが、牡丹に言われた通り逃げることを選び、裏口から外へと出ていく。

 事務所の表から響く音が気になるが、自分がいる方が牡丹の邪魔になると言い聞かせながら、助けを呼ぶため橘花がいるであろう警察署に向かって走る。



 ***



 切ることのできない物体に刃物を振るったところで何も意味がないのは理解している。それでも振るうしかない。


「まずいです……桐には大丈夫と言ったものの、私じゃ全く歯が立たないです」


 見た目に動きの鈍そうな青鬼の懐に入る為、低い姿勢から地面スレスレを走って振り上げる左の爪は、ぶよぶよの腹にめり込む。

 だが腹にめり込んだことなど気にもせず、爪が刺さって身動きの取れない牡丹に向かって、青鬼の膝がその飽満な体の重みと共に放たれる。


 爪をへし折られ、声を上げる間も無く口から空気を吐き出し、事務所の壁に叩き付けられた牡丹は赤い線を引きながら力なく崩れ落ちていく。


 ピクリとも動かない牡丹に近付き着物からはだける素肌を見て、舌舐りをする青鬼だが、濁った瞳の黒い粒が激しく動くと顔を上げる。


 それは桐の走っていた方向。鼻をヒクヒクと動かす。


「きり……ちゃん」


 青鬼は呟くと、重い体をドタドタと揺らしながら走り始める。

 鈍足な動きでとても追い付かないであろうスピードで走りながら、青鬼は化物の本能で自分の力を見出だす。

 それは桐を捕まえたい、桐と二人でいたい。その強い気持ちから生まれたもの。


 青鬼を中心に黒い靄が(もや)勢いよく吹き出し辺り一面に広がっていく。

 やがて靄は町の一区画を覆い尽くしてしまう。



 * * *



 桐は道路に面した歩道を走りながら辺りが暗くなってきたことに気が付く。スピードを落として空を見上げると黒い雲が凄い勢いで広がっていくのが見えた。

 そして地上に立ち込める黒い靄に巻かれ、視界を奪われ思わず立ち止まってしまう。


 靄はすぐに広がり、薄くなると周囲が見渡せるようになる。さっきまで自分がいた場所。


 ただ昼間なのに薄暗いだけである。


 この異常な状態に不安を感じながらも、橘花のいるであろう警察署に向かって走り始めた桐だが、すぐに違和感を感じ足を止めてしまう。


 まず音が全くしない。車も人も誰もいないのだ。それに加え鳥や虫など日頃なら気にならない存在の気配も消えたことに気がつく。


 生温い風がゆっくりと吹き、桐の頬を不快に撫でる。


 静かな空間に響く水の流れる音に誘われ、恐る恐る歩き小さな橋まで歩き上から下を覗くと、墨汁でも流れているのかと見間違えるほどの黒い水。

 黒い霧に覆われているせいなのか、景色も薄黒く、まるで水墨画のような雰囲気を醸し出している。


 異様な雰囲気に怖くなって走り出した桐だが、すぐに何かにぶつかり尻餅をついてしまう。


「いたぁ、なにこれ?」


 立ち上がって前を見るが、橋から先の風景が広がっているだけで何もない。

 そっと手を伸ばしすと、何もないはずの空間に行く手を阻まれる。


「見えない壁?」


 前にトンネルの村に行ったとき、橘花が言っていたことを思い出してこれが結界というもので、周囲からの干渉を遮断し対象を閉じ込めるものではないかという考えに至る。


 それを証明するかのように、ドスドスと重い足音が桐に近付いてくる。

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