付与
とあるスーパーで買い物をする桐は真剣に野菜を見ている。
「最近日照不足で野菜が高騰してるんだよねぇ。冷凍物を取り入れて乗り切るべきかな」
大根を手に持ち独り言を言いながら悩んでいる彼女の買い物カゴに、そっと魔の手が伸びるとポンッと入れられる袋に桐は気が付かない。
「野菜は新鮮なのが美味しいからちょっと高いけど買ちゃおう。ん?」
半分に切られた大根をカゴに入れる際、中の違和感に気が付く。その違和感を放つ袋を手にする。
「『猫も裸足でやって来る!? ハイ! ジュール ~カツオ味~』? って牡丹! 勝手に入れちゃ駄目だよ」
食品棚の影から顔を半分だけだして覗く牡丹が手を合わせて、必死にお願いしてくる。
「も~お小遣い貰ってるんだよね。使ったの?」
「一日、五〇〇円。月、一五,〇〇〇円ですけど、ついついお菓子とか買ってしまうんです。どうかジュールを買ってもらえませんか? 桐も食べて良いですから」
「えぇ~いらないよ。もう、本当に仕方ないなぁ。今回だけだよ」
牡丹が手を合わせ深々とお辞儀をしてお礼の言葉を述べている。周りの目が痛く感じ恥ずかしいのもあって、桐は早々に買い物を済ませスーパーを後にする。
* * *
「橘花さんが最近不穏な空気を感じるからって、牡丹と一緒に行くようにって言われたけど何か感じる?」
「い~え、警戒はしてますけど。普通の人間しか周りにはいませんよ」
首を振る牡丹を見て安心する桐が歩みを事務所に向けている途中、男性が話し掛けてくる。
よく肥えた体を揺らしながら、たぢたどしい話し方でどもりながら、手に持っていた紙を桐に見せてくる。
「あ、ああの、ここに行たいんですけど。ど、どうやってい、行けばいいです、か?」
桐と牡丹が男の人の手に持つ紙を覗くと、店の写真と簡易的な地図が印刷されていた。それを見て「あぁ」と言う桐と、全く理解してない顔の牡丹。
「えっと、ここならすぐ近くですよ。この辺の道分かりますか?」
桐の問に首を横に振る男性。
「でしたら私が案内します。牡丹、荷物みててもらえる? 日陰で休暇してて、すぐ戻るから」
桐が牡丹に買い物の袋を渡すと男性の元に駆け寄り案内を始める。
男の目的地は表通りから裏に入った雑貨屋。少し分かりにくい場所にあり、女性には割りと人気のお店で桐はたまたま知っていたのだが、土地勘のない人なら分かりづらいだろうな、と思いながら男性を案内する。
「ここです。ちょっと分かりにくいですよね」
「い、いや助かりました。ありがとうございます。あ、あのこの後、お、礼に、お、お茶でも」
「あ、いえ、連れが待ってますしこれで失礼しますね」
お礼をと迫られるが、断った桐が去ろうとしたとき右肩を強く掴まれる。
「あ、あ、あの、忠海 桐さんですよね?」
「えっ?」
名乗っていないのに突然自分の名前を呼ばれ、面喰らう桐の心の奥に疑問と小さな不安が生まれる。
「桐ちゃんて呼んで良いかな? 桐ちゃん僕のこと好きだよね?」
何を言っているのか分からないけど、この人は危険であることは分かったと心の奥で自分が叫ぶ。
すぐに逃げ出したいけど恐怖で足がすくむ。そんな桐に追い討ちをかけるように男性がスマホの画像を見せてくる。
「ほらこれ、桐ちゃんが僕に探して欲しいって下着姿で写真送ってくれたじゃないか。見つけるの苦労したけどやっと会えたね」
ニヤアっと笑う男の顔を見て危険を感じると同時に、すくんでいた足に力が入り掴まれた肩を振りほどくと走って逃げる。
とにかく牡丹のところまで行けばどうにかなる。その希望があったからこそ、動くことも出来てこんなにも走れている。
(あの写真、学校で撮られたやつだ。今になってこんなこと……)
恐怖と写真に対する怒りの混ざったまま走る桐は後ろを見て驚愕する。
男が自転車に乗って猛スピードで追いかけてくる姿が見えたからだ。
(自転車!? なんで? 追い付かれる)
桐が周囲を見回して細く入り組んだい道を選びながら走り逃げていく。裏の通りは住宅街で逃げる為に、家の中に飛び込むのを躊躇してしまう。
何度目の角を曲がったか自分でも分からない桐が、少し開けた道に出た瞬間目の前に自転車が止まり道を塞ぐ。
自転車に跨がっている男がニヤアっと笑うのに恐怖を感じ、自分でも驚くくらい素早く元来た道を引き返し逃げる。
「っつ!?」
電柱に括り付けていた看板かなにかの針金が走って当たったのか、左肩に痛みが走る。ただ今はそんなこと気にしている場合ではない。
全く知らない人から突然名前を呼ばれ、自分のことが好きだよねと言われ追いかけられる恐怖がだんだんと桐を侵食してくる。
(あっちは一方的に知っている……いや知っている気になっているだけだと思う。それが分かったところでどうにもならないけど……なんで私はいつもこんなことばっかり)
必死に酸素を求めゼエゼエと息をする桐は、恐怖と疲れで嗚咽しそうになりながら必死で耐え走り続ける。
(息が苦しい、涙も出てかなり酷い顔で走ってるんだろうな。いっつも、そういつもこうだ。結局一人ぼっちで誰も助けてくれないんだ……痛みに耐えて過ぎ去るのを待つだけ)
マイナスな考えが浮かび段々と卑屈になっていく桐の耳に響く声。
「きりーーーーーー!!」
狭い住宅街に響く声が桐を現実に戻す。今の自分は一人じゃない、そんな当たり前のことを思いだした桐は叫ぶ。
「ぼたーーーーん!!」
叫びながら壁にぶつかって座り込む桐を自転車に乗った男が先に見つけ向かってくる。
だが桐の瞳に映るのは男ではなく屋根を駆ける牡丹の姿。
牡丹は屋根を蹴り飛び上がると、右足で電柱を蹴り方向転換しながらジグザグに地上に突っ込み、着地の瞬間に右足で地面を蹴り、地面スレスレを飛んで自転車に追い付くとすれ違いざまに左手の爪で2本のタイヤをフレームごと真っ二つに切り裂く。
タイヤを失った自転車は宙に浮き男も身を宙へ投げ出される。そのまま壁に派手にぶつかり地面に転がる。
牡丹は地面に爪を立て勢いを殺しつつ、桐を抱き抱えるとそのまま走り去る。
「状況はよく分かりませんけどあいつ吹き飛ばして良かったですよね? 死んでないとは思いますけど」
「う、うん多分大丈夫かな」
「桐が無事そうで良かったです」
ニコッと笑う牡丹を見て桐は牡丹の胸に頭を押し付け涙を流す。
「ありがとう」
小さい声だったがしっかり聞こえた牡丹は答える。
「どういたしまして」
* * *
男は地面に転がったままメガネが失くなってぼんやりする視界で空を見上げる。
「あんなに恥ずかしがらなくてもいいのに……」
「あはははははははっ! いや良いね。前向きって君にぴったりの言葉なんだろうね」
倒れた男が呟くとどこからか笑い声が聞こえてくる。男はその声の主を見ようとするが体が思うように動かない。
「う~ん、骨が折れてるのかな? あんまり動かないことをオススメするよ」
倒れる男のボヤける視界に、黒いスーツに黒い中折れ帽を被り、手にステッキを持った男が入ってくる。
恰好は大人びているのに、見た目は少年の出で立ちをしていて、無邪気な笑みを浮かべている。
「なかなか熱い求愛の仕方だったね。いやいや、このご時世元気があって良いと思うよ。でもさ、君に足りないものがあるんだよね。だから彼女に逃げられたんだと思うよ。君に足りないものが何か聞きたい?」
黒い服の男の質問に頷く。
「素直で良いね。それは力! 君に力があれば恥ずかしがる彼女を捕まえられるし、邪魔な化け物も排除出来る。でね、ボクはその力を君に与えることが出来るんだけど。どうかな? いる?」
再び頷く倒れた男。
「いやーー本当に君は素直で良いね。前向きなだけじゃなくて判断力もある。彼女に相応しい男は君しかいないよ。じゃあちょっとチクッとするけど我慢してね」
倒れた男に黒いスーツの少年が杖を振りかぶり男の体に突き刺すと黒い何かがゆっくりと体内に入っていく。
「成功かな? さてさて天使どもを狩れるぐらい強くなってくれるかな」
スーツを着た少年は中折れ帽をかぶり直しながら、肉塊になりボコボコとその姿を変えていく男を見て嬉しそうに笑う。




