強者
夜遅く暗闇をライトで切り裂きながら一台の青い車が、舗装された道路を外れ荒れた道を走る。長い年月使われなくなった道路は荒れ果てており、アスファルトはひび割れ所々窪んでいる。
荒れた道路の凹凸に車体を激しく揺られながらトンネルまでたどり着くと、更なる暗闇の中へと入って停車するとエンジンを切り静寂と暗闇が訪れる。
暗くて見えないが、トンネルの天井は剥がれ、ヒビの隙間から水が滴り落ちる。車の中にいても外気の冷たさを、カビ臭さを感じてしまう。
ルーフにポタポタと落ちる音が車内に響き耳につく。
運転席に座っている橘花がハンドルのクラクションに手を置くと、トンネルの中にホーンが三回鳴り響き、窓が開いて牡丹が顔を出す。
「献上しまーーす!! 可愛い桐さんを献上しますよーー」
「ちょっと牡丹やめてよ」
慌てて桐が牡丹を引っ張り車内に戻す。頬を膨らませ怒る桐に対し牡丹は、ニコニコと満足気な顔だ。
「桐が可愛いというのをしっかりアピールしておきました。これでバッチリです」
「そ、そう言うことじゃなくてっ」
「しっ、何か来る」
橘花の声で二人は黙って耳を澄ます。
履き物で地面を擦るような音が響き、能面を被り血のついた着物を着た二人の女性と思われる者が暗闇から浮かび上がる。足を引きずりながら車に近付くと窓に張り付き車内を覗いてくる。
「あうわわわ! 首、首が変、気持ち悪いぃぃぃぃぃ!」
「気色悪いですね。私はこんな首が面白角度になる妖怪にならなくてよかったですねぇ」
変な妖怪にならなくて良かったと胸を撫で下ろす牡丹に、本気で怖がる桐が涙目でしがみつく。そして運転席では橘花がブツブツ文句を言っている。
「桐で来たって事はやはり年齢を見てるのね……ロリコンどもめ」
車はエンジンがかかってないのに、何かに引っ張られてでもいるかの様に隣に並んで歩く能面の者たちの歩みに合わせ動き出してしまう。
牡丹の胸に顔を埋めて震える桐と、ハンドルに寄りかかり早く連れていけと能面の者たちを睨む橘花達を連れた車がトンネルの壁にぶつかると、突然周囲の風景が変わる。
能面の者の一人が運転席のドアノブに手をかけた瞬間、ドアが勢いよく開きその勢いで能面の者が吹き飛ぶ。
「ちゃっちゃっといくわよ。牡丹、桐を守って! ついでに車もレンタカーだから傷つけないように守りなさい」
「キトゥン」
小振りの銃を召喚し手に持つと、倒れてる能面の者ともう一人の頭に、鈴の音を響かせつつ銃弾が撃ち込まれる。
「ん? 手応えがないわね。こいつら死体か」
「エントゥワイン」
鈴の弾丸が光の糸を延ばしながら頭を突き破り、ぐるぐる回りながら能面の二人を縛りあげると鈴は光の糸を切り橘花の手に戻る。
戻ってきた鈴の弾丸を銃の上に空いている穴に押し込んで装填すると、桐と牡丹へと振り返る。
「牡丹後は頼んだわね! 桐、怪我しないように」
橘花が光を羽を生やすと広げ飛んでいく。
「ああやって見ると橘花様って天使なんだなぁって、思いますよね」
飛んでいった橘花を見送りながら牡丹は呑気に言っているが、その横で桐は着物の袖にしがみついて震えている。
桐の頭をよしよしと撫でていた牡丹だが、目を少し見開き鼻をつきだしてクンクン匂いを嗅ぎ始める。
「死臭が近付いて来ますね。桐は車の中に入ってて下さい」
牡丹が左手の爪を出し構えると、車に向かって、腐った肉が付いた人骨たちがゆっくり歩いてくる。
(骨!? スケルトン? ゾンビにしては骨すぎるかな……そういえばゾンビって全部腐ったらスケルトンになるのかな?)
桐が車の窓からこっそり覗きながらどうでもいい思考を巡らせていると、牡丹が近付いて来る死体の群れを爪で切り裂き蹴散らす。
「おお! 義肢があるから動きやすいですよ! これなら」
牡丹が跳躍し頭蓋骨を掴み、そのまま体重をかけ地面に叩きつけると骨は砕け散る。
「強い! 私強いです!」
調子にのる牡丹。そんな牡丹を桐は見ながら思う。
(牡丹って戦うとき目が猫みたいになって口が裂けるんだ……ちょっと怖いけどあの猫耳と尻尾は可愛いっ!)
***
「あぁ~匂うわね……人間食べてそのまま放置して腐敗させた匂い。服に匂い付かないかしら。ん、あれは?」
飛んでいる橘花が下を見ると体長五メートルはあろうかという巨体の蜘蛛の体に、六本の足に加え二本人間の手を生やす、醜い男の顔に牛の角がある化物が見える。
その近くに先ほど見た白い着物を着た能面の者と、木に縛られた女性が一人。ちょっと離れて一人男が倒れている。
「やっぱり牛鬼だったか。行方不明から五日たっているから絶望的と思ったけど、一人は連れて帰れそうね」
橘花が上空から銃を撃ち、能面の者の頭を撃ち抜くと急降下する。降りてすぐに倒れている能面の者を蹴り飛ばし牛鬼へぶつける。
「動けそう? とりあえず縄は解いたげるから」
橘花が恵の縄を銃で撃ち解くと、よろける恵みを支え座らせる。
「足怪我してるのね。まっ、そこにいて。そっちの方が安全だろうし」
状況が飲みこめず口をぽかんと開けたままの恵に背を向け、橘花は牛鬼に向かって歩み寄る。
「おま゛えなんだ? に゛んげんか?」
橘花はその問いを無視し銃弾を放つ。
チリーンと清んだ鈴の音と共に牛鬼の一本の足の根元から血飛沫が上がる。その後も鈴の音が響く度に次々と牛鬼から血が吹き出す。
「う~ん、流石に大きいからこれじゃあ致命傷になんないわね」
橘花は銃を左手に持ち変え、右手を開き腰の辺りにかざす。
「ストレイキャット」
右手に魔方陣を描くと散弾銃、いわゆるショットガンが手に握られる。
小柄な橘花に合わせて小振りなそのショットガンは銃口が三つ横に並んでおり、黒い本体に白い線で橘の葉と実の模様が左右に小さくあしらわれている。
「スクラッチ」
三つの銃口から光が放たれると、地面を削りながら下から上に弧を描く光の爪が牛鬼の顔面左半分を抉り、三本の引っ掻き傷をつくる。
「いだいっ! いだぁおまえ゛なんだ」
左手で顔を押さえもがく牛鬼が右目で睨むが、押えていた左手が引っ掻かれちぎれ飛ぶ。
「なに言ってるかよく分かんないけど、とっと終わらせるから」
橘花がショットガンを構えると牛鬼が逃げ始める。
「あらあら、自分の結界なのにどこに逃げるのかしらね」
橘花が呆れながら左の拳銃、キトゥンを構える。
「プレイフル」
牛鬼の体に最初に打ち込まれていた鈴が縦横無尽に跳ねて、火花を散らしながらじゃれ始める。
澄んだ鈴の音を鳴らし、綺麗な火花を散らしながらじゃれる鈴は牛鬼の手足を体に穴を空け、ズタズタに引き裂いて行く。
体を支える手足がなくなり、地面に崩れ落ちる牛鬼の頭に羽を広げた橘花が静かに着地する。
「いだい、おまえ゛づよい。いうごどきぐ、みのがしでくれ゛」
橘花が大きなため息をつき、ショットガンの銃口を牛鬼の頭部に突きつける。
「私は別に正義の味方でも何でもないし、あんたが人を食おうと関係ないの。ただ今回は私の仕事とあんたの存在が重なった。見逃す? ありえないわね」
橘花の冷たい目を、恐怖を宿した目に映す牛鬼の頭部に三本の光が撃ち込まれると、静かに崩れ落ちピクリとも動かなくなる。
「さてと、あなた名前は?」
「……」
「おーーい」
口を開けポカンと開けたままの恵の目の前で、橘花が手を振って話しかける。ハッとして目の光を取り戻し、慌てて口を閉めた恵が答える。
「や、大和 恵です」
「じゃあこっちのは?」
橘花が指差すのは、少し離れたところでうつ伏せで倒れている男性。その男を恵は複雑な表情で見ながら答える。
「城木 博人……」
「あ~この子が博人か。あと二人は?」
恵が答えようとするが、突然頭を抱え唸りながら泣きじゃくり、しゃがみこむ。そして嗚咽しながら呻き始める。
そんな恵の頭にそっと手を置くと優しく語り掛ける。
「何があったかは無理して話さなくていいわ。
じゃあ、あなたの記憶について話しましょうか。私は記憶の阻害を行うことが出来るの。これは消す訳じゃなく作った偽りの記憶を上書きして、誤認識させ勘違いさせるもの。今回の記憶を忘れる事が出来るけど、どうする?」
橘花の話を聞き終えた恵がすがりつき、泣きながら訴える。
「耐えれないです、私耐えれません。この記憶を持って生きていく自信なんてないんです……お願いします。忘れさせて下さい」
橘花が静かに頷き、恵の頭に手を置く。その手が光ると恵の頭を輪切りにする様に魔方陣が展開されゆっくり回る。やがて魔方陣が消えると意識を失い、倒れる恵を抱え城木の遺体を手に持ち羽を広げ飛び立つ。




