探索
「心霊スポットですか? トンネル村って何かそんな映画があった気がします」
怖くて観たことは無いですけど、と桐が小声で付け足す。
「なんでも、トンネルに車で若い女の子を連れて行き、献上しますって言えば迎えが来て、その村に行けるんだそうよ」
城木亜美から息子捜索の依頼があった次の日、橘花から心霊スポットであるトンネル村の噂話を聞きながら、桐はお昼ご飯をテーブルに並べていく。
「おぉ! チャーハンですね♪ にゃっ? この緑色はなんです?」
「それは小松菜。小さく刻んでて味しないからちゃんと食べてね」
「う~」
スプーンで掬ったチャーハンを、あからさまに嫌そうな表情で眺めながら唸っている牡丹だが、桐からなだめられ渋々一口食べる。
口に入れたら美味しかったのか、その後は無言でパクパク食べ始める。その姿を微笑んで見る桐と橘花の話は続く。
「それで今晩、その噂のトンネルに行こうと思うのよね」
「あ、私もですか……」
桐があからさまに行きたくなさそうな顔をする。
「心配しなくていいわ。桐には危ない仕事はやらせないから。
牡丹、あなたは一緒に行くわよ。大人しくしてれば美人なんだから、献上品として申し分ないでしょ」
「それって誉められてるんですか?」
「誉めてる、誉めてる」
牡丹がちょっと不服そうな視線を橘花に送る。
「まあ、それに私もいるし。女の子二人が自ら献上するって言うんだから、あちらさんも全力で走って来るはずよ」
自信ありげに胸を張る橘花の言葉に、どう反応して良いか困ってるのか、桐の笑顔は若干ひきつっている。
「そう言えばあちらさんて言い方、まるで誰か知っているようですけど、知り合いとかですか?」
「そうね、知り合いじゃないけど、なんとなく検討はついてるから。
昔からいるのよね、結界を作ってその影に隠れて、こそこそ人間を食べるようなのがね」
チャーハンを食べながら日常会話で、あまり聞かないような単語をさらりと聞かされ、桐がむせてしまう。
「けほっ、き、橘花さん! 人間食べるってなんです?」
「ん? そのままの意味よ。そいつの性格にもよるだろうけどバリバリいくのか、遊んで食べるのか。
大概が女好きだろうから、捜索リストの女の子の二人が生きてれば良いなってとこね」
桐が首を横に振って、橘花の言葉を必死に想像しないようにする。
そんな様子を橘花はチャーハンを食べながら、楽しそうに見ている。
「桐! おかわりありますか?」
スプーンを握って皿を差し出す牡丹の真剣な表情に、桐は少しだけ恐怖が和らぐのを感じるのだった。
***
「じゃあ、行ってくるから留守番よろしくね」
「はい、気をつけて下さいね」
そう言って橘花と牡丹が手を振って出ていったのが夜の二○時前。
〈お分かり頂けましたか? この写真の上ここになんと!?──〉
ピッ
〈世にも奇怪な物語スペシャルこの後すぐ──〉
ピッ
〈今宵一夜限りの復活。あの心霊番ぐ──〉
ピッ
〈全米が恐怖したあの映画が地上波初ほ──〉
ピッ
(あ~嫌がらせだぁ! なんで一人の時に限ってチャンネルが怖い話ばっかりなんだろうぅぅ)
初めての一人でお留守番は寂しく、リビングのソファーで頭からタオルケットを被り桐は震える。
(怖いよーー怖いよーー)
現在二十二時。夜明けどころかまだ深夜にもなっていない。
***
ガタンッ ガチャ カツッカッツ
小さな音だったがリビングのソファーでうたた寝をしていた桐は眠りが浅かったのか、目を覚ましてしまう。
(ん~いつの間にか寝てしまってた? 今は……二時かぁ。なんか下から音がしたような……)
桐が寝ぼけ眼を擦りながら、音が聞こえた下の事務所に降りていく。
(事務所に明かり? 橘花さんと牡丹が帰ってきたのかな)
事務所に繋がるドアから漏れる光を見て橘花が帰ってきたのだと思いながら、ドアノブに手をかける。
ガチャッ!!
桐が開けるより早くドアが開くと目の前に橘花が立っていた。その顔はなぜだか怒っている様に見える。
「あっ、おかえ──」
「桐! 今からトンネルにいくから、すぐに着替えて! あ、スカートはダメよ、パンツスタイルで来なさい」
「へ? えっ? えっ?」
橘花に押され部屋に戻り、意味も分からず着替える桐は、指定された通りパンツスタイルで橘花のもとへ戻る。
「お待たせいたし──」
「鞄はいらない! 財布、スマホも置いていきなさい! 髪は後ろ結んで! 靴は走りやすいやつ履いて!!」
「は、はい!?」
いつもと気迫の違う橘花に気圧されつつも、準備を済ませた桐は車の後部座席に座る。
「来ましたね桐。御愁傷様です」
後部座席に座っていた牡丹が、苦笑いで迎えてくれる。
「シートベルト締めて。じゃあ行くわよ」
走り出した車の中で、何があったのかを、牡丹は運転席の橘花をチラチラ見ながら桐に語り始める。
「簡単に言いますと、トンネルに行って魔力の痕跡も見つけて、後は村へ案内してもらう為に、迎えを待つだけだったんです。でも、来なかったんです」
「来なかった?」
「はい来てくれませんでした。私も外に立たされ後ろから羽交い締めにされ、こめかみグリグリ~って人質みたいに扱われ、もう途中からどっちが化物か分かりませんでした」
「あん?」
橘花が運転席から放つ殺気に二人が怯え、更に小さな声で話続ける。
「私は橘花様が強いから怖くて来ないんですよ~って言ったんですけど、若さが足りないんだわーとか言って怒るんです」
「なんなのかしら、実年齢を計ってんのかしら? ったく頭にくるわぁ」
やさぐれる橘花に、桐は慌てて話題を変えようと試みる。
「き、橘花さんて運転できるんですね。免許持ってたなんて知りませんでした」
「免許は大学の時に取って今は……偽造よ。だって普通に更新出来るわけないじゃないもう七十四歳だしさ!
ああっ、思い出したらイライラしてきた!」
(ま、まずい年齢の話に戻ってしまった。ど、どうしよう)
焦る桐に牡丹が助け船を出してみる。
「き、橘花様。年齢の割には若いですよね。よく言われませんか?」
「牡丹一ヶ月ジュール禁止ね」
「にゃんですとーーーーーー!?」
頭を抱え絶叫する牡丹は、余程ショックだったのだろう。放心状態で視点が定まっていない。
「そうそう、桐。大丈夫とは思うけど、今から人を食べる化物に出会うかもしれないから、すぐ逃げられる様に足首の柔軟ぐらいはしててね」
「えっ!?」
今日一番驚き、恐怖する桐は震えながら牡丹にしがみつく。
「橘花さん私その、私幽霊とか苦手で……」
「苦手? 呪いの時は必死だったってこと? 因みに今、桐が抱きついてるのは妖怪よ」
「牡丹は可愛いから大丈夫です」
桐の言葉に我に返った牡丹は、目を輝かせ運転席に身を乗り出さん勢いで、橘花に話し掛ける。
「聞きました? 桐から『可愛い』を頂きましたよ! トンネルで私たちに可愛さが足りないんだぁ! とか言ってましたけどそんなことないんです」
「はいはい、牡丹はかわいい、かわいい」
緊張感の無い会話を続けながら、車は深夜の道路を走り、トンネルへ向かっていく。