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花天月地  作者: 功野 涼し
トンネルの村
16/48

尾行

 桐は夜遅くコンビニで立ち読みをしている。ただどこか落ち着かずソワソワしており、しきりに出入り口に視線を泳がせる。


 コンビニの出入り口から、スーツの男が出ていくと、桐があわてて耳につけているイヤホンにタッチして、小さな声で呟く。


〈対象者コンビニ出ました〉

〈了解、牡丹、尾行お願いね〉

〈ラジャーです〉


 桐は本を置くと、ジュースを二本か買ってコンビニを出る。



 ***



 コンビニから出て来た男の後ろに自然な感じで合流し、着いていくのは牡丹。

 その服装はいつもの着物ではなく、カジュアルな感じのものになっている。


「ふふふ、人間め。私の完璧な尾行に恐れおののくがよい」


 義足も上手に使えるようになった牡丹の、全く足音をさせない尾行は続く。


 やがて男が飲み屋街に入り、迷わずに一軒の居酒屋に入る。


〈えっと橘花様、星が飲み屋に入りました〉

〈了解、私がそっち行くから着いたら牡丹は一旦離れて桐と合流ね。でさ、星ってなに?〉

〈いやぁ、格好いいかなって思ったんですけど〉

〈牡丹最近テレビ見すぎ。一日一時間に制限するわよ〉

〈ええっ、そんなあ~。あれは人間社会の勉強してるんですよ〉


 牡丹の訴えは無視され、通信が切られるが、すぐにまた橘花から通信が入る。


〈はい、今着いたから牡丹、桐のところへ行って待機して〉

〈橘花様どこにいるんですか? 全然分かんないですけど〉


 キョロキョロする牡丹に呆れた声の通信が入る。


〈牡丹キョロキョロしないでくれる? 目立ってるから〉


 橘花の呆れた声に押され、牡丹が居酒屋から離れるとすぐに桐と合流する。


「この近くにかき氷屋さんがあるからそこで待機しよう。かき氷なら持ち運べるし」

「かき氷! いいですねぇ。練乳かけるのがマイブームです」



 ***



「頭が、頭が~」


 かき氷の洗礼を受ける牡丹を見て笑う桐もすぐに、同じ苦しみを味合うこととなり、二人がこめかみを押さえ笑い合う。


「尾行ってなんだかドキドキするね」

「確かに楽しいですね。犯人を追いかける刑事になった気分です」


 最近はまってる刑事ドラマを思いだしたのか興奮気味の牡丹が最近見たドラマの話をしてくる。


「あの刑事凄いんですよ! 燃える家の中で子供を抱いたまま銃撃戦を繰り広げるんです! それが格好いいのなんのって」

「ああっ、それ私も見たよ! で刑事が銃を落としてピンチになったところを、子供が銃を蹴ってくれて乗り切るんだよね」

「そうなんです。あの空中で銃をキャッチしてそのまま敵を撃ち抜くシーンなんてもう──」


〈おーーいっ、盛り上がってるとこ悪いんだけど、対象者が動くよ。でね尾行対象は今から二人、さっきの男と女の人が一人追加。

まあ一緒に歩くだろうし、歩みは遅くなるだろうから尾行し易いかな。

 桐はカメラ準備。牡丹は桐を守ってあげて〉


 橘花からの通信で二人は我に返り、溶けたかき氷を口に入れ、氷を噛み砕きながら居酒屋から出てきた星のもとへ急ぐ。


***


「隣にいるのは奥さんではない女性だね。これは黒だね……」

「あぁ、これが火遊びってやつですか」

「牡丹なんか古い」

「そ、そんなことないですよ」


 男女は楽しそうに話しながら飲み屋街から遠ざかり、そのままホテルが建ち並ぶ歓楽街へと足を進める。


「なんか空気が違うというか落ち着きませんね」

「う、うんなんかそわそわする感じがする」


 独特の慣れない空気を吸いながら桐達は夜のホテルの通りを歩く。


「ほらほら、桐あの人達路上でキスしてますよ」

「牡丹指差しちゃダメだよ。早く行こう」


 桐は顔を赤く染めながら、興味津々な牡丹を引っ張り、対象者である男女の尾行を続ける。


 目立ってる気がしないでもないが、気付かれていないのは相手が浮わついて周りが見えていないのか、桐達の尾行の才能があるのかは分からないが、尾行は続く。


 やがて男女はあるホテルの前でなにやら話して、そのまま中に入っていく。

 その一部始終を、桐がカメラで撮影する。


(なんだろう、なんか楽しい♪)


 桐が未知の体験に歓喜していると、牡丹が肩をちょんちょんとつついてくる。


「桐、中に入らなくて良いんですか? 中に入る写真より、男女の営みを撮った方が証拠としては完璧じゃないです?」

「だ、だんじょのい、いとなみってあれ?」


 耳まで真っ赤になる桐を不思議そうに牡丹が見ている。


「い、いいの。中に入れないしどうやって──」

〈ん? 撮ったけど〉


 色々と想像し、焦る桐に橘花から衝撃の通信が入る。


「え、ええ!? とっとた、撮ったんです?」

〈最初の方だけよ。キスしてるのと、ベットに押し倒してるのと、上を脱がしてるのまで。そっからは私も見たくないし。よし、それじゃあ撤収!〉


「ほら桐、撤収ですよ」

「うえぬがす……きす……」


 ぶつぶつ呟く桐を牡丹が抱え夜の町を去っていく。



 ***



「完全に黒ですね」


 橘花が事務所のテーブルに写真を並べ、裕福そうな格好の女性と話している。


「失礼します。こちらお茶とお茶うけです」

「ありがとう。そこに置いてて」


 橘花に言われ、桐はお盆に載せていたお茶をテーブルの端の方に置く。

 チラッと女性を見ると初老の女性だが、服装や化粧、髪にお金をかけているのがよく分かる。だが、けばけばしいわけでなく、品の良いお金持ちと言った感じだ。


 桐の視線に気付いた女性が桐を見ると、優しく微笑みかけてくる。


「可愛いお嬢さんね。ここで働いているの?」

「あ、はい。アルバイトですけど」


 女性は笑いながらも、鋭い視線で桐を観察するように見る。


「ふ~ん。見たとこ若そうだけど学生じゃないの?」

「え、えっと休学してます。その……」


 言葉に詰まる桐に女性は追求するわけでもなく、するどかった視線を和らげ、桐に言葉をかけてくれる。


「その時間で色んな経験すると良いわ。他の学校に行ってる子と違う経験が出来る貴女は強いわよ」


 女性がちょっといたずらっぽく笑いながら写真を桐に見せる。

 それは昨晩桐が撮った男女がホテルに入る写真。


「そして今のうち男を見る目も養いなさい。失敗した経験者からのアドバイス」


 桐が返事に困っていると橘花が女性に話しかける。


熊川くまがわ様、うちの子にアドバイス頂きありがとうございます」

「良いのよ、あの子私の若い頃にそっくりだし。幸せになって欲しいもの。ささ、お話に戻りましょう」


 桐がその場から去ろうとした時、橘花との話がついたらしく熊川が手をパンッ! と叩く。

 桐はその大きな音にビックリして、足を止めてしまう。


「これで証拠は揃った訳ね。これを叩きつければあいつと別れられて、手切れ金ももらえるわけね」

「簡単に言えばそうなんですけど。、ここは弁護士など第三者を挟んだ方が良いでしょう。

この証拠を今すぐ叩きつけたい気持ちは分かりますが、熊川様の身の安全と、慰謝料を確実に貰うためにもその方法をオススメします」


 二人が再び手続きのやり方や、難しい話を始めたので、桐は手に持ったお盆を抱えその場から離れ、給湯室に向かう。

 お盆をしまい事務所へ向かうと、熊川が帰る場面に出会す。お辞儀をすると熊川に肩を叩かれる。


「私ね、今から第二の人生を謳歌するつもりよ。いくつになっても失敗や挫折はあるけど、チャンスや幸せもあるものよ。お互い頑張りましょ」

「は、はい。ありがとうございます」


 手を振る熊川が、事務所の玄関を出ていくのを見送る。


「いい人だったわね。さてさて休憩したら次の仕事しようかな。桐、どんな依頼が来る?」

「あ、はい! 迷子の犬探し猫と……ハリネズミ?」

「なんか動物ばかりね。この間のゆなちゃんが良い宣伝してくれてるのかしら?」


 橘花が大きく伸びをしながら歩く。その後ろを着いていく桐の瞳の中には小さいながらも、希望の光が揺らめいていた。

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