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花天月地  作者: 功野 涼し
黒猫探偵事務所
14/48

義肢

 ムシムシする夏の朝、桐は爽やかさとは遠い目覚めを迎える。


 のっそりと体を起こし、ベッドの端に座るとしばらく下を向いてボーーとする。


 血圧が低いせいか桐は朝が苦手だ。まだ完全に開いていないまなこで時計を見る。ゆっくりとピントが合って時間が見えてくる。


「!?」


 七時四〇分。


 学校に間に合わない!? 今までの眠気が嘘のように吹き飛び、ベッドから立ち上がる。


「あっ」


 桐はいつもと違う部屋を見て思い出す。


 自分が昨日の夜から橘花にお世話になっていることを。一瞬で跳ね上がった血圧のせいで心臓はまだバクバクしている。


 トントン


 ドアをノックされたので、ドキドキする胸を押えながらドアをゆっくり開けると、牡丹が立っていた。牡丹は目を潤ませフルフル体を震わせている。


「ゆ、夢じゃない。桐がいる……う、うわーーーーーーい!! きりぃ~」


 牡丹に飛び付かれ、受け止めきれなかった桐は尻餅をつく。牡丹はそのまま桐の胸の中で頬をスリスリしながらゴロゴロ鳴いている。


 昨晩夜遅く、橘花の事務所に桐がしばらく一緒に住むことになったと知ってから牡丹のテンションは高いままだ。


 桐と一緒に寝ると言って聞かない牡丹を、橘花が引きずって牡丹の部屋に放り投げたのを思いだし、桐は笑ってしまう。

 自分より年上にしか見えない女性が甘えてくることに、戸惑いを覚えながらも、牡丹の艶やかな黒髪を撫でる。


 牡丹は頭を胸から足へと移動させもっと撫でろと言わんばかりに太ももをスリスリしてくる。優しく頭を撫でていると半開きだったドアが開き橘花が入ってくる。


 目の前に広がる光景を無言で見ると、牡丹の首根っこを掴み持ち上げる。


「おはよう、よく寝れた?」


 牡丹を持ち上げたまま普通に話す橘花。牡丹は慣れているのか抵抗せず大人しく吊られている。


「は、はいよく寝れました」

「なら良かった。朝御飯できたけど食べる?」

「はい」

「じゃあ顔洗ったら来てね」


 橘花は牡丹を持ったまま部屋を出ていくとき、牡丹は桐と目が合うと手を振って微笑みかける。

 桐も戸惑いながら手を振り反すと、牡丹がぱあっと喜びに満ち溢れた表情をしてそのまま連れられていく。


 朝からバタバタしてすっかり目の覚めた桐は洗面所へ顔を洗いに行く。



 ***



 リビングのテーブルに座ると食パンと目玉焼き、サラダ、ウインナーとコーヒーが並べられていた。


「桐の好みが分からないから取り敢えず無難そうなのを準備したけど、ジャムとか好きなの使っていいから」

「ありがとうございます。えっと、いただきます」


 桐が合掌をして朝御飯を食べるのを、ニコニコしながら隣に座った牡丹が見つめる。フライパンを持ったままやってきた橘花にペチンと頭を叩かれてしまい、見つめる時間は終わりを迎える。


「ふにゃ!」

「そんなに見つめてたら桐が食べづらいでしょう! 牡丹、ウインナーのお代わりいるんでしょ」


 橘花から頭を叩かれながらも、ウインナーのお代わりを貰って嬉しそうにする牡丹。

 左手に持ったフォークでウインナーを刺し、幸せそうに食べる牡丹を見て今度は、桐が表情を緩め見つめてしまう。


「橘花様、このウインナー高いやつでしょ。肉汁が違いますよ♪」

「はいはい、違いが分かる猫ですこと」


 そんな様子を見てクスクス笑う桐を見て、牡丹が嬉しそうに微笑み返す。


「桐、ご飯食べて着替えたら下の事務所に降りてきて」

「あ、はい」


 橘花が微笑みながら桐に伝える。



 ***



 着替えて身だしなみを整えた桐が事務所に入ると、橘花がフカフカの椅子に座って机の上に広げた書類とにらめっこしていた。


 桐に気付くと視線を寄越すが、書類を読んでいたせいか眉間にしわがあり、機嫌が悪そうに見えなくもない。


「橘花さん、準備出来ましたけど私は何をすればいいでしょうか?」


 桐が恐る恐る尋ねるのを見て橘花が笑う。


「そんなに怯えないでほしいわね。取り敢えず今日はこの部屋全体を掃除しながら間取りを覚えてほしいの。どこに何があるかなんとなくでいいから把握して」

「はい」


 指示を受け桐が立ち去ろうとするがすぐに、橘花から呼び止められ足を止める。


「桐、料理得意?」

「い、いえあまり」

「そう、じゃあ簡単なのからでいいから覚えてみない? 桐が作ってくれると助かるんだけど」


 橘花に言われ、少し考えた桐は頷く。


「や、やってみます。そ、その上手くは出来ないかも知れないですけど……」

「そう、やってくれる! 助かるわ~♪ 必要な経費は言って。材料は勿論、レシピ本欲しいとか、料理教室行ってみたいとかも遠慮なく言って」

「えっとそれはその、そこまで……」


 橘花の提案に戸惑う桐に橘花は優しく笑う。


「桐は両親を納得させる為にここにいるんでしょ。ならなんでもいいから挑戦してみて、きっかけやチャンスを作らなきゃ」

「で、でもお金とかは」

「あぁ牡丹の借金に加算しとくわよ。どうせ分かんないでしょ」


 事務のドアから牡丹が顔半分だけ見せ、ぬたぁ~とした視線を放つジト目で覗きながら呟く。


「橘花様聞こえてますよ。というか私がいるの気付いているでしょう」


 橘花が牡丹を無視して、ワザとらしく書類を整理し始めると、事務玄関のチャイムがなる。


「桐出てくれる?」

「あ、はい」


 橘花に言われ玄関に向かう桐に、牡丹もついていく。桐が玄関を開けると、背の高い少し軽そうな金髪の青年が立っていた。


「届け物持ってきたんだけど、ここ橘花さんの事務所だよね? あってる?」

「え、ええはい。橘花さんの事務所であってます」


 桐が答えると青年は「待ってくれ」と言って、一旦外に停めてある車に向かい大きな箱を二個抱え、玄関先に入れる。


「あぁ結構重いな、そうそう俺カーチスって言うんだけど君らは?」

「えっと忠海(ただうみ) 桐です」

「……お前人間じゃないですね」


 牡丹がシャーアッ、シャーアッ言いながら威嚇するので、カーチスが頭を掻いて困っていると橘花が出てくる。


「騒がしいわね。ん? カーチスくんじゃないの。あぁ、ヴァルティーさんに頼んでた義肢が出来たのね」

「きっききぃ橘花さん。おひぃお久し振りです! 今日もき、綺麗な、綺麗な天気ですよね」


 さっきまで爽やかに話してたカーチスが、カミカミで話し始めるのを見て桐は思う。


(こんなに分かりやすい人っているんだ。経験のない私でもすぐに分かるけど……)


「綺麗な天気? 相変わらず変わった表現するわね。カーチスくん詩人には向いてないと思うから技師として頑張ったら?

 桐、牡丹を連れてカーチスくんを客室のソファーのとこへ案内して」


(橘花さんは、脈無しと)


 橘花の態度で察した桐がカーチスを連れて客室に案内する。


「桐さん? だっけ橘花さんのところで働いているの?」

「えっと今日から、働いてます」

「なるほど探偵事務所の従業員さんなわけだ。これから会うこともあるだろうしよろしく」


 爽やかにカーチスが手を差し出すので、桐も恐る恐る手を出し握手する。

 見た感じ軽そうな感じのカーチスだが、手の平はゴツゴツでガサガサだったことに少し意外せいを感じてしまう。


「こっちが右手でこれが左足だ。んで牡丹さんとやら腕と足を見せてもらえるか? まずは右腕からいこう」


 牡丹が着物の袖を捲り右腕を出すとカーチスが右の義手をあて、細かい調整をしながら牡丹の腕に装着する。


「義手って皮膚っぽい素材で出来てるかと思いましたけど金属むき出しで機械っぽいんですね」

「ああ、普通の義手なら見た目優先でもいいんだけど、これは魔力を使って動かせるやつだから見た目より機能性重視なんだよな、よし!」


 牡丹の質問に答えながら、テキパキと作業を進めていくカーチスを桐は感心しながら見ていた。


「で牡丹さんよ、ちょっとザクッとするけど我慢しろよ」

「えっ! チクッとじゃなくてザクッ? ってザクウゥゥゥゥ!!??」


 右手を押さえもがく牡丹が涙目で桐の胸に飛びこんでんくる。


「痛い痛いいぃぃぃ!! きりぃ! めちゃくちゃ痛いです」

「ああ悪いな。で右手どうだ? 少しは動かせるか?」


 牡丹が涙目で義手を見て唸りながら集中している。ゆっくりとぎこちないが人差し指と中指が動く。


「おぉ!? 指が動く! 桐、私の手が動きます」


 感動している牡丹がキラキラした目で桐を見てくる。桐も嬉しくなって牡丹と手を取り合う。


「成功だな、すぐ動かせるって牡丹さん素質あるな。後は練習して動かせるようになってくれ。次は足だな。足見せてくれるか」

「痛いけど足が動くなら我慢しますよ。一思いにやってください」


 そう言いながら牡丹が着物の裾を勢いよく捲り上げ足を出す。


「ちょ、ちょっと! 牡丹さん見えてる!! し、下着が全部見えてるよって!」


 桐が慌てて牡丹に覆い被さるように隠しカーチスを見る。だがカーチスは見てしまったようで、耳まで真っ赤にして硬直している。


「あ、いやそこまで見せなくても膝上くらいでいいんだがな……」


 焦る桐達に対し牡丹は着物をまくったまま不思議そうな顔で二人を見る。


「義肢の装着は順調にいってる? って牡丹その格好なにしてんの?」

「橘花様、この男が足見せろって言うんで見せてます」

「あ、いえ俺はそこまで見なくても……」


 橘花がカーチスを睨むと、一旦奥に下がりバスタオルを持ってきて牡丹にかける。


「カーチスくんはもう少し女の子に配慮を覚えないとモテないよ」

「はい……」


 消え入るような小さな声でカーチスが返事をする。


 義足をつける痛みで泣く牡丹と、精神的にダメージの大きいカーチスも涙目で義足を取り付ける。二人とも泣いている異様な光景の作業は順調に進む。


 作業が終わって悲しそうに帰っていくカーチスの背中を不憫に思いながら桐は見送った。

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