岐路
父と母を前にして桐は今の現状を説明し、高校卒業過程を別に取る方法、今後の進路は決まってないが必ず見付けると訴え、それに父親が大反対している最中である。
そして……
(なんで私がここに……)
変な汗をかく橘花は、桐の隣に座って桐の父、母親と向かい合って座っている。
──遡ること約1時間前。
「じゃあ頑張って。今日伝わらなくても、明日伝わるかもくらいの余裕は持ってね」
「はい、ありがとうございました。それじゃあ、おやすみなさい」
家の前まで桐を送った橘花が、帰ろうと桐に背を向けたとき、男の人が桐に声をかけられる。
「桐! こんな夜遅くにどこへ行っていた」
「コンビニだけど」
男の人は桐の腕を掴むと無理矢理引っ張りながら家の玄関向かいながら怒鳴る。
「お前はいつから親の言うことを聞かなくなった! 母さんが泣きながら電話してきたぞ!」
「痛い、ちゃんと話すから離して、痛いっ」
男の掴む手を引き剥がそうとしながら痛みを訴える桐を見て、橘花は思わず男の手を掴んでしまう。
「桐が痛がってますからまずは手を離してくれませんか?
あなた桐の父親ですよね? 失礼ですけど娘さんに対する扱い方じゃないですよそれ」
桐より小柄な女性に手を捕まれ、挙げ句喧嘩腰に文句を言ってくる相手に桐の父親は強目の口調になる。
「なんだあんた! 最近桐がおかしいのはあんたが誑かしてるのか! この間学校休んで怪我したときだって、あんたが連れ出したんだろう!」
「お父さんやめて! 橘花さんは私を助けてくれた人なの! そんな酷い言い方しないで」
桐が父親を押さえるが、ヒートアップした父親は橘花を更に責めたてる。
黙って聞いていた橘花だが、目線を周囲にやって、父親を恐ろしく冷たい視線で威嚇する。
「桐のお父さん、近所の目もありますし、まずは家の中に入りませんか? そこでゆっくり話した方が世間体的にも良くないですか?」
女性の放つ冷たい目に、桐の父親は黙って頷き、橘花を家に招く。
──そして今に至る。
(あぁ、ついカッとなってしまった。らしくないな)
今、橘花の目の前では、桐が学校を辞めると訴えているのを、父親が反対するという平行線をたどっている。
橘花は父親を見る。
桐の話には聞く耳を持たないといった感じで、意見を突っぱねて怒鳴っている。
(あ~あ、大体怒鳴る人って自分に自信が無い人が多いんだよねぇ。
反対してる理由も桐の為とか言ってるけど高校ぐらいは卒業しろって言って時点でお察しって感じね)
母親に視線を移す。下を向いて目に涙を溜めている。
(何か意見は無いのかしらね。自分の娘の大事な場面だろうに。
旦那の顔色を伺って生きてきたって感じかな……まあ、あんな態度の旦那じゃ萎縮しちゃうか)
「で、あんたは家の桐を誑かしてどうするつもりなんだ?」
桐との話が進まないとみたか、橘花に突然話を振られるが、驚く素振りも見せず父親を少し軽蔑したような目で見返す。
「私が誑かしてるかどうかじゃなくて、娘さんが学校でどの様な扱いを受け、本人が今どうしたいかを訴えていますよね。
今は家族でそのことを話すべきなのではないでしょうか?」
「な、なんなんだあんた偉そうに」
「偉そうって……はあ、桐。何々したいじゃなくてするって宣言しなさい。曖昧な言葉は通じないと思うから」
橘花に言われ、桐が覚悟を決めたように頷く。
「お父さん、お母さん。私、学校を辞める! でも高校卒業過程は必ず取ることは約束する」
「だから辞めるのがダメだって言ってるだろ!!」
怒鳴る父親に桐が一瞬怯むが、唇を噛み締めて負けじと睨み返す。
「さっきからダメしか言わないじゃない! 頑張れって言うけどもう無理なの!! 逃げるって思われてもいい。すぐに新しい生き方は見つからないかもしれないけど必ず──」
「結局、かもとかそんな曖昧なことしか言えないんだろが! 黙って親のいうことを聞けばいいんだ!!」
2人が言い争うなか、うつ向く母親に橘花がそっと話しかける。
「お母さんはどう思っているんですか?」
母親はうつ向いたまま、ビクッと肩を震わせ自分のスカートを握りしめる。
なにか言いたそうにしているのは分かるが言えない、言うのが怖いといった感じで唇を震わせている。
「お母さんの意見言われてはどうでしょうか? その意見を、誰も責めれないはずですよ」
橘花に促され母親は唇を噛み締め、絞り出すように声を出す。
「私……私は、桐が学校を辞めても、辞めた方が良いと思う」
「なにぃ!? お前!」
父親が母親の言葉に反応して声を荒げるので橘花が睨む。橘花が放つ殺気に父親だけでなく、桐と母親も背筋に凍るような寒気が走り黙ってしまう。
「お母さん続けてください」
「え、ええ。桐は学校を辞めてやりたいことを見つけるのが良いと思うの」
「で? お父さんは?」
「わ、わたしは……桐の為にも」
「お父さん!!」
桐が立ち上がり今までにない大きな声を出し、テーブルに両手をつき前のめりになり父親を真っ直ぐ力強い瞳で見る。
その瞳に涙を溜まっていて、今にも溢れそうになっている。
「私のわがままを許してくれませんか。今まで学校に行かせてもらって、生活させてもらって勝手なことを言ってるのは分かってます。
でも、それでも今、この選択をする私を許してくれませんか」
テーブルに置いた両手を震える程握りしめ、その周りを涙で濡らしていく。
「あなた、桐もここまでお願いしてるんだし許してあげましょうよ」
「……だが、そ、そう転校って方法はどうだろう? 新しい環境なら解決ないだろうか」
ミシミシと何かがゆっくり砕ける音がリビングに響く。
桐は涙を止め目を大きく見開いて橘花を見ると、橘花はテーブルの下にある骨組みの一部を握りしめ潰していた。
ミシミシ音がするのは橘花がテーブルの一部を握り潰している音なわけだが、橘花は下を向いて手を震わせ必死に感情を押さえようとしていのだった。
バキッ!!
大きな音がしてテーブルの一部が橘花の手の大きさの分だけ粉砕する。
ゆっくり顔を上げる橘花が何をするのか、ことの成り行きを桐は固唾を飲んで見守る。
「結論を出すにはまだ時間が必要みたいですね。そこで提案があるのですが」
いつも通りの冷静な感じに見える橘花だが、内心穏やかでないのは誰でも分かるくらいの不快感のオーラを発している。
隣にいる桐は座るタイミングを見失い、立ったまま橘花の提案を待っている。
それは両親も同じで目の前の女性が放つ何かに気圧され、何を言われるのかをただ待っているだけだ。
「学校は休学扱いにして、桐さんは私がしばらく預かります。
その間に学校を辞めた場合、今後どの様な進路に進むのかを桐さんと決めます。
お父さん方は桐さんがいない間に夫婦でじっくり話し合ってはいかがでしょうか?」
橘花の提案の意味を頭で咀嚼し考える両親。
桐も橘花の提案の意味を考え混乱している。
「預かると言っても貴女は……」
母親が口にする疑問は当然こと。衣食住の事を始め問題は沢山ある。
橘花が名刺を両親にそっと出す。
「探偵事務所?」
「近日オープンですけどね。桐さんの衣食住は私の方で持ちます。
勿論タダではなくアルバイトとして事務所の掃除などやってもらいますけど」
父親は何か言いたそうだが、橘花が睨むと下を向き目を合わせようとしない。
「あの、勝手なお願いなのは重々承知しています。娘を、桐をしばらく預かって頂けますか」
「ええ、私はそのつもりで提案させて頂きました。で、桐はどうなの? 本人の意思を教えて欲しいんだけど」
橘花に振られ、慌てる桐だがすぐに落ち着きを取り戻し、両親の方を見ると深々と頭を下げる。
「お父さん、お母さん。私、橘花さんのところでしばらくお世話になって自分の答え見つけてみます。だからこの決断を許してもらえませんか」
母親は頷くが、父親は動かない。
「じゃあ決まりですね。桐さんは私が責任を持ってお預かりします」
橘花が強引に話をまとめる。桐に荷物をまとめるよう促し、自分がリビングから出る前に振り返り両親を見つめ微笑む。
「お父さん、声を荒らげないようにしてお母さんと話して下さいね。
文句があるなら二人を誑かした私に言ってください。
それとテーブルごめんなさい。軽く握ったら割れてしまいました」
橘花の座っていた足元に木屑が大量に散乱していた。
父親と母親はそれを見て黙って頷くだけだったのを「気にしなくていいよ」とポジティブに捉えた橘花は、桐を追いかけてリビングを出ていく。