運
「牡丹は、私が小学生の頃に出会った猫の牡丹と同一人物ですか?」
自信無さそうに小さな声で、おどおどした態度をとる桐の質問で、話は始まる。
桐が夢で見たことを話しながら、その内容を踏まえて、牡丹は猫ではないかと必死に説明する。
牡丹は桐の話を目をキラキラさせ嬉しそうに何度も頷いている。
今にも桐に飛び付きそうな牡丹を見れば、桐の出した答えは正解だと分かりそうだが、等の本人は人と猫が同一人物ではないのかと、現実的ではないことを説明するのに必死で気付く様子はない。
「それで、えっと、その……」
「えーーい! きりぃ! 正解! 私はあのとき桐に助けられた猫ですよ」
そう叫びながら牡丹が抱きついてくる。
前に会ったときに比べ喋り方が幼くはなっているが、見た目二十代でスタイルの良い牡丹が、甘えてくることに桐は戸惑い、自分の手をどうしていいものか分からずパタパタ振っている。
「私が大きくなったんで、桐の膝では寝れないですね」
牡丹が桐の膝に頭を擦り付ける。もうどうして良いか分からない桐が橘花に視線で訴える。
視線を受けため息をついた橘花は、牡丹を掴むと桐から引き剥がし、ソファーへ投げる。
「うひゃ!」
綺麗に放物線を描き、ソファーに投げ込まれ転がる牡丹。
「あの子に任せてたら話が進まないから私が説明するわね。桐さんは夢で見て、その内容から猫牡丹と目の前にいる牡丹が同一人物かもって思った訳よね?
でもちょっとまだ信じれないって感じかしら?」
桐が頷くと橘花の話が始まる。
まず自分達が住む世界のすぐ近くには異世界が広がっていること、そこには天使、魔女、魔物が存在していて人間では考えれない力を持つこと。
そして魂を扱うことが出来る者がいること、死んで尚、魂が生きている者に影響を与えることがあると言うことを説明される。
橘花が桐のコップに麦茶を注ぐ。
「良い感じに混乱してるね。まあ意味分からないよねこんなこと。
私も初めて聞かされたときは、説明してくれた人に、あんた頭おかしいって言ったもん」
麦茶を飲むと桐は目を大きくして驚く。
「あ、頭おかしいって言ったんですか?」
「言ったねえ、なんかその人、愛がどうとか言ってたし。
でも今ならそのとき言ってた愛とやらの意味も分かるけど」
橘花がニヤリと笑った瞬間、桐は背筋にゾクリと冷たいものが走るのを感じる。
牡丹がソファーから顔を覗かせ、毛を逆立て怯えた感じで威嚇する。
「今では大分丸くなったけどね。年はとりたくないものね~」
普通に戻った橘花だが、未だ寒気の残る桐は恐る恐る話しかける。
「あ、あのぅ、さっきの話ですけど牡丹は猫の牡丹の生まれ変わりと考えていいってことですか?」
「ん~、その認識で間違いないわね」
「それでその……お金の話しなんですけど私が払います。だって原因は私にありますから」
この発言に牡丹はキラキラした目で桐を見つめる。
対して橘花の目はスッと冷たく、緊張した面持ちの桐を映し出す。
「お金を払うって、払う宛あるの? 両親に払ってとでも言うの? そんなこと言う暇があったら桐さんは学校に行ったら?」
「!?」
橘花にきつく言われ、桐は目に涙を溜め下を向いてしまう。牡丹がこれに怒る。
「橘花様! 桐のことを知ってってその言い方はあんまりです!」
下を向く桐を背にして牡丹は橘花から守るように立ち塞がる。そんな牡丹の着物の裾を掴んで桐は首を横に振りながら声を絞り出す。
「牡丹さん、橘花さんの言うことが正しいよ。
私は何も出来ないんだから。貯金を下ろすのもお母さんに言わないといけないし、結局お金を払う宛はないんだから……」
涙をこぼし始める桐を見て、おろおろする牡丹。そんな牡丹を押し退けて橘花が桐の頭を叩く。
「あぁ~!? 橘花様何するんです! 桐は何も悪くないんですよ! 泣いているのに叩くとか酷すぎます!」
怒る牡丹を無視して橘花は、桐の襟首を掴むと顔を無理矢理上げさせる。潤んだ瞳に怯えを映し、震える桐に対し、橘花はさらに鋭い眼差しで睨みつける。
「前に言ったと思うけど逃げるなら逃げてもいい。でもそれは大変な道だって話し覚えてる?」
桐が必死に頷く。
「ただ逃げるなら目標持って逃げなさい。フラフラ逃げたらいずれ力尽きる。いい?」
「で、でも私……何も……本当に何も出来ないんです」
涙をこぼしながら訴える桐に橘花は少しバカにしたようにあざ笑いながら尋ねる。
「出来ないでも、何がしたいはあるんじゃない? もしかしてそれも無いとか言うんじゃないでしょうね」
「無いんです……本当に何にも無いんです!!」
「ふ~ん、いつもボソボソ話してるけど、大きい声出せるんじゃないの」
大きな声で訴える桐を見て楽しそうに笑う橘花と、この様子にどうしていいか分からず、ただおろおろし続ける牡丹。
「私、本当に夢も何も無くて、何も出来ないんです。ただ無駄に毎日を生きているだけの人間なんです!」
桐はぼろぼろ涙をこぼしながら自分の襟首を掴む橘花の手を握りしめる。
「私も橘花さんみたいに強ければ……強ければ何だって出来るはずです! いじめにだってあわない! 夢も持てるし、やりたいこともやれる。
両親にだって言いたいこと言って納得させれるかもしれない。でも現実はそうじゃないんです!
私は弱くて、うじうじして暗い人間なんです! 何も出来ない価値の無い人間なんです!!」
橘花の手を握ったまま桐が泣き崩れる。
「私だって好きでこんなになった訳じゃないのに。何回も死のうと思ったのにそれすら怖くて何もできなくて、結果呪いをかけるようなこんな人間になんてなりたくなかったのに、なんで……」
橘花は泣きじゃくる桐の襟首から手を離すとそっと空いている手で頭に手を置く。
「桐、あなたは運がいいわ」
橘花の言った言葉の意味が分からず、目を見開く桐を置いて話は続く。
「あなたが言う強くて、何でも出来る私に出会えたこと。そしてあなたを慕う牡丹がいること。これはかなり幸運な事だと思わない?」
泣いて興奮状態な事もあり、理解が追いつかない桐に橘花がさっきとは打って変わって、ゆっくりと優しく話しかける。
「あなたと同じ境遇人が、この世に何人いるかは知らないけど、桐は私たちと出会えた。ならこの出会いを利用すればいい。一人で出来ないことも、三人もいればできるかもしれない。
つまりね、もっと人を頼って、悩みや愚痴でもなんでも桐の思ってることぶつけなさい。まずは自分のことを知って、知ってもらって今後を決めたらいいの。私が良いって言うんだから自分だけで考えず頼ってきなさいってこと」
照れくさそうにしながら話す、橘花の意図を理解した桐は思わず抱きつき泣いてしまう。
「なんでどさくさに紛れて牡丹も引っ付いてきて泣いてんの。離れてよ!」
「だって、だってぇ~橘花様優しいんですもん。私ずっとついていきますよ~」
「そんな事言ってもお金はしっかり払ってもらうからね」
橘花の言葉に対して牡丹は満面の笑顔で答える。
「はい、頑張ります!」
「その反応やりづらいわね~」