⑦悔恨
「また…なんかあったの?」
外出から帰った俺を見て、母が言った。
「いや、別に…」
母親という存在はありがたいものだ…息子の変化をいち早く察知する。
「今日はもう疲れたから、風呂入って寝る」
これ以上何か聞かれたら、怒りだしてしまう…いや、泣き出してしまうかもしれない。
……行かなければ良かった……
改めて、そう思う。
彼女に想い人がいる事実を知らないままの俺は、この先どうしたのだろう?
また今日のように、ミキのストーカーをやるつもりだったのか?
それとも図々しくも「もう一度付きあってくれ」とでも言うつもりだったのか…
…もう、今更彼女の前には出られない。
選んだ相手がダメだったからまた元の鞘に…それは彼女にしてみたら噴飯ものだろう。
事実を知った俺はこれからどうするのか?
…どうする事も出来ない…
彼女の現状を知ろうが知るまいが、俺のやれる事など何もない…
「俺と別れても、ミキには幸せになって欲しい」
あの時、そんな格好いい事を言ったじゃないか…
それは捨てる相手へのせめてもの言葉だったかもしれないが…
彼女の表情、以前のような明るい声…おそらくミキは今、仕事もプライベートも充実して、幸せなのだろう。
「俺が言ったことなのにな…こんなに辛いなんて…」
湯槽に浸かりながら、顔に流れる涙を拭った。
(だが…自業自得だ…
自分の家庭が崩壊したから、彼女が手の届かない人になって悲しいんだ。
家庭生活がうまくいっていたら…彼女の幸福を知っても辛いなんて思うものか…
(俺は本当に自分勝手だ)
布団に入ってもなかなか寝付けなかった。
彼女も俺が突然別れを告げた後、きっと悲しみ、落ち込んだことだろう。
そして彼女はそれを乗り越え、今は幸せそうなのだ。
なら、その原因を作った俺は、素直にその幸せを喜ぶべきだろう…
…だが、今は無理だ。
二度も奇跡の邂逅をしてしまった今、ミキへの恋慕が止まない。
今になって改めて思い出す…元妻の言葉…
「元彼女を信頼せず、やりたい事を尊重せず、私の甘言に転んだのは誰?
愛してると言う言葉の束縛を選んだのは誰?」
(ミキの控え目な愛情表現を疑ったし、やりたかった仕事に邁進する彼女を理解しなかった。肉体の欲と上部だけの甘い言葉に溺れた)
「そもそも相手の気持ちを確かめる勇気もなく、部外者に相談するなんて、卑怯者のやり方よ」
(俺は自分が傷付く事だけを恐れて、ミキの愛を直接確かめもせず、他人に不安な気持ちや不満を話していた)
「いつまでも過去の男の事なんて考えてはいない。でも貴方は…きっとこの先も元彼女の事を求め続けるの!」
(その通りだ。彼女の気持ちは既に俺の知らない誰かに向いている。
そして…俺は今、泣くほどミキに焦がれている)
最初からミキとの仲を割き、俺を自分のものにするつもりで近寄ってきた…
独占欲だけで俺を縛りつけ、裏では他に男を作っていた…
最低なあの女。思い出しても吐き気がする。
「だが…その女の艶香に迷い、心を移したのはこの俺だ…」
悔やんでも悔やみきれない。
考える事は、あの時こうしていれば…、もしこうだったら…
(最初から下心があって、俺に近づいてきた事に気付けば良かった…)
(母親の忠告に耳を傾けていれば…)
(勇気を出してあの時、ミキの気持ちを聞いておけば…)
「俺ってかなり女々しいよな…」
今、そんなifを考えたって、過ぎてしまった過去は変えられない。
それでも…もしやり直せるなら…
そんな事をまた考えて、眠りについた。