③絶望
「ふ~っ、いつもこうだ」
年齢的に早く子どもが欲しい、とねだる妻の頼みを断れず、毎晩のお勤めも最近は日課となった。
たまに遅く帰ると必ず嫌みを言われる。
「貴方は私を愛していないの?私より大事なものなんてない筈でしょう?」
どうしてそうなるのだろう…
夜遊びしている訳ではない。
遅くなるのには必ず理由があるのに…
(俺が働かないと子どもどころか、家計が大変な事になるだろうが。付き合いも仕事のうちなのに)
結婚して半年…妻は仕事を辞めて家庭に入った。
俺は子どもができる迄は働いて欲しいと言ったが、妻は専業主婦になる事を強く望んだ。
そして、束縛が益々強くなっていった。
会社の慰労会の旅行で、同期入社の女の子と写っている写真を悉く破かれた。
これにはさすがに俺も気持ちが萎えた。
「なんでそんな事するんだよ!」
「貴方は私を愛していないの?」
愛している?いないの?いるの?…
口を開けば、その言葉ばかり…「愛」のバーゲンセールだ。
その言葉はそんなに軽々しいものではなかったと思う。
結婚当時は愛されている実感があったし、「愛」を口にされる事は喜びだった。
しかし、束縛も過ぎると窮屈で仕方ない。
心地よい筈の家庭はいつの間にか、帰りたくない場所になっていった。
ある日、自宅の電話に着信があった。
「はい。………」
ガチャリ!
妻がいきなり受話器を置いた。
「イタズラ電話か?」
「貴方宛に…高校の同級生から…女の声だったの…」
「!?」
慌てて着信履歴を見る…
折り返し電話を架けてみると、当時クラス委員長だった女の子からの同級会の報せだった。
「………いい加減にしてくれよ……」
「だって貴方を愛しているから」
「愛ってなんだよ…
相手を疑って束縛するのが愛なのか?お互いを信頼し、尊重するのが愛なんじゃないのか!」
「…………」
「俺に我慢はしなくていいって、言っていたよな…」
「愛しているのに…」
「…俺、今迄我慢の連続だった…ごめん…もう限界だよ…」
それ迄泣きそうな顔をしていた妻は、急にニヤリと笑った。
背中に悪寒が走った。
「貴方はいつもそう…
元彼女の時も、我慢して我慢して結局は自分でダメにするの…」
「何を…」
「私は初めて会った時から貴方が気になっていたわ。とても初々しくて、純粋で可愛くて…」
(最初から…?)
「彼女との話を聞いて、相談にのったわ…貴方は私が思った通りに…」
(!…やめろ!その先は言うな!)
「貴方は今言ったわね。お互いを信頼し、尊重するのが愛なんじゃないのか!って…
元彼女を信頼せず、やりたい事を尊重せず、私の甘言に転んだのは誰?
愛してると言う言葉の束縛を選んだのは誰?
貴方じゃないの。
そもそも相手の気持ちを確かめる勇気もなく、部外者に相談するなんて、卑怯者のやり方よ。笑えるわ。
……そう、男はみんな…そうなの…」
(やめろ!やめてくれ!!)
絶望的な気持ちで妻を凝視する。
「女はね……男ほどロマンチストじゃないのよ。
元彼女も、もうすっかり貴方の事なんか忘れている…
いつまでも過去の男の事なんて考えてはいない。
でも貴方は…きっとこの先も元彼女の事を求め続けるの!」
「もう口を閉じろよ!!」
「貴方が私と別れたとしても…もう戻れないわよ。彼女の所になんか…
貴方の居場所はもう私の所にしかないのよ!」
俺は先ほど迄妻だった女が、呪詛を吐く化け物になったような戦慄を覚え、思わず身を引いた。
俺は……何をやっていたんだろう…