②妻
「もう、悩まずにずっと私の側にいてね」
彼女はそう言って、艶然と微笑んだ。
彼女が俺の妻になったのは、ミキと別れて約一年後…彼女の年齢もあり、短い交際期間を経て結ばれた。
「私は相手に合わせて、我慢はしない。だから私に対して貴方も我慢はしなくていいのよ。愛しているわ…」
彼女の言葉は何か安心出来た。暫く感じた事のない安心感「愛されている」という確信。
ミキと会う期間が離れていけばいくほど [自分の価値] に疑念を抱いていたから…
(俺より仕事が好きなのか?)
果ては
(いや、俺以外に気になるヤツが会社にいるのかも…)
等と疑心暗鬼に陥る事も度々あった。
ミキを問い質すほどの勇気がなかった。自分の疑念を今の妻に溢す事しか出来なかった。
俺はあの時、どんなに責められ激怒されても仕方ないと覚悟を決めて、ミキに別れを切り出した。
でも彼女はただ涙を溢していただけだった。
(何がミキの笑った顔が好き…だよ…)
結局最後は泣かせてしまった。
そして最後に彼女が言った言葉…
「心から愛していたよ。今迄大事にしてくれてありがとう。本当に幸せだった。」
俺は頭を叩かれたような気がした。ミキはずっとそう思っていてくれていたんだ…
考えてみれば、当たり前の事だったのに。
恥ずかしがり屋のミキは、はっきりとは口に出さないが、いつも俺に会う時楽しそうに笑っていた。
「ありがとう」
「ごめんね」
それは彼女なりの「愛している」という言葉だったのかもしれない…
何か言わなければ…と言葉を探しているうちに彼女はもう店を出て行ってしまった。
ただ最後の言葉…
「そして、今私は幸せに暮らしています」
あれはどういう事なのか?
………
荷ほどきをした時に出てきた写真を眺めながら、暫し時を忘れて一昨年の出来事を思いだしていた。
今日は新居に運ばれた荷物を整理している。
彼女が畳んだ段ボールを片手に持ち、横から覗き込んできた。
「へぇ~、それが元彼女?…可愛い顔しているよね」
「うん、ちょっと別れた時の事を思い出した」
「後悔しているの?」
「そんな……まさか……」
「でも、もう貴方は私のものだから!」
彼女が抱きついてきた。
「その写真は処分してちょうだい」
「!」
「私にとっては嫌な物だから…ねっ?」
それはそうだろう。
妻の気持ちはよくわかる。……でも……
「私が処分する!」
彼女は暫くフリーズした俺の手から写真を取り上げると、真っ二つに破ってゴミ箱に捨てた。
「!!」
その静かな怒りにも似た表情に俺は無言になった。
彼女はこんなに感情的な人間だったのか…
それ迄は姉のような包容力のある女性だと思っていたが…
でもそれは彼女が自分を本当に愛してくれているからだろう…その時はそう思った。
「ごめん、俺が悪かったよ」
彼女の唇に口づけた。
結婚してから9ヶ月が経った。
「今日は会社の歓送迎会だから、遅くなるよ」
「遅くなるって…何時頃になるの?」
「…それは、成り行きで二次会とか行くかもしれないから、わからない…終電迄には帰るから」
「………」
妻は不機嫌そうに、うなずき、台所へと消えていった。