⑫近況
「私に聞きたい事って、何かな?…
あっ、まだ調子悪いなら喋らなくていいよ」
「本当にもう大丈夫だよ。
…それにもうミキの話聞いて解ったからいいや…」
(それでも俺にとって、別の女性との未来はあり得ない。
例え報われなくても、俺はあの言葉を、あの時聞けて良かったと思う。
聞かなければ、これだけ誰かを心底愛する事などなかっただろう)
「解ったの?…」
「うん、解った。…けど、別の質問…いい?」
「私にお答え出来る事ならば何なりと…」
彼女は「夢」で言われたであろう言葉遣いでふざけて言った。
ストレートに夫婦の仲が冷えているのか聞きたかったが…
「旦那さんとの出会いっていつ頃だったの?」
「えーっと…私の26才の誕生日に居酒屋で相席になった」
「運命的な出会いだね」
「そうかな…でもその頃の私はやさぐれていたから」
笑いながら彼女は言っているが…
やさぐれたのは俺のせいだろう。
「で、彼氏になった…って事だよね」
「違うよ…その頃は暇潰しの遊び相手」
「遊び相手?」
(遊び相手って…まさか火遊び?奥手のミキが?やさぐれていたから?)
「趣味が合ったの。
スキー、ドライブ、好みの音楽…等々
その頃の私は、彼氏や結婚に全く興味なかったから。
5歳も年下だから、煩わしい事何も考えずに友達として付き合えたから」
「なのに結婚したんだ」
「う~ん、勢いかな?」
「勢い?」
「それまでも、父や会社の上司がバンバンお見合い話持って来たんだけど…断り続けていて
28才になった頃、旦那から猛烈アプローチがあって…
でも父は猛反対!父のあまりの言い方につい反発してね」
「!!!」(28才…)
「でも結婚後は、釣った魚にエサは要らない状態だったけど…」
「それって、愛されていなかったって事?」
「どうかな…
愛されていないのとはちょっと違うんだけど…
あまり嫉妬も束縛もしない…
少し物足りなかったのかな?
まっ、私もしなかったけどね。
…若い頃は多少悩んだけど…今は楽よ~」
「……………」
(最初から、二人には信頼と尊重があったという事か…)
「今はお互い空気みたいなものだから」
「空気?」
「普段は感じないけど、ないと苦しくて…必要不可欠な物(者)って感じかな?」
彼女は笑いながら言う。
「………………」
(…必要不可欠…か…)
「あっ、私の話ばかり…ごめんね」
「いや、俺が聞いたんだから…」
「もう、お孫さんとかいるのかな?」
「…俺に?…」
突然話を振られて固まった。
「うん、確か26才位で結婚されたって聞いてたから…」
「……うん、1年で別れて、ずっとその後は独身だよ…」
「……ごめん……余計なこと聞いちゃって……」
「いや、いいんだ、俺は今の暮らしが気楽だよ」
(ずっとミキを想っていた…なんて言ったら引かれるよな…)
「…そうなの?」
「うん……でも…
…再会して、俺が改めてミキの事が好きになったって言ったら…どうする?」
つい口をついて出た言葉に、一瞬彼女はフリーズした。が、
「またまた、こんなBBAに~!冗談言うのが下手になったね~」
笑いながら俺の言葉を流した。
「…そうかな、俺センスなくなったかな?」
俺も下手な言い方でその場を誤魔化した。
「今はスマホとかあって、便利だよね」
「俺達の若い頃は家電話しかなかったもんな」
別れ際にお互いの連絡先を交換した。
…だが、彼女からは多分連絡をして来ないだろう。