第9話「私のなかでは常識的」
握手をかわし、気分も良くなったところで森の入り口付近までやってきているのに気付く。うさぎたちが薬草を丁寧に積み重ね、狐が周囲を見張っていたが、引きずられてきた翼竜を見てみんな一目散に逃げてしまった。
「あらら、お礼を言う間もなく行っちゃった……」
「別によかろう? たかが動物だ、もともと仲良くなどしてくれるものか」
「いやあ、そんなことないよ。私は結構助けられてるんだから」
「フ、まあどちらでも良いわ。それより、その積んだ葉っぱはなんじゃ?」
「集めてもらったんだよ。栄陽草と精月草、ほかにも色々とね」
フラッドはあからさまに表情を変えて驚く。
「動物に働かせたのか? どうやって」
チッチッ、と指を振りながらエイリアは鼻を高くして。
「言ったろ、私は大魔導師だ。動物との会話なんて、朝はやくに起きるよりずっと楽さ。君も話してみたい? 彼らが普段どんな話してるのか。平和すぎて眠ってしまうよ」
ローブを脱いで地面に広げ、集められた葉っぱのなかでも新鮮なものを選りすぐって包む。「さ、馬車はすぐそこだ」と森の外を指さして歩き出す。馬がのんびり草を食んでいるすがたに穏やかな気持ちが体のなかを駆け抜ける。
「ふふ、実に平和だなあ。みんなが魔物が怖いって言うなかで自由に歩き回れる幸せ……まさに特権だよね。それどころか魔物といっしょに旅しようってんだから」
決して平和とは言いがたいが、彼女にとっては平和なのだろう。魔物の消えない世界だと人々が恐れるなか、彼女にとってはむしろ好都合な世界なのだ。どこへ行こうとも邪魔はされないし、魔物という特殊な存在について研究も進む。何もかもが魅力的で仕方がない。
国王から直々の依頼で発生原因の究明には尽力するつもりだが、だからといって解決するかどうかは気分次第だと決めていた。
馬車の荷台に薬草を包んだローブを放り込み、積んでいた荷物から干し肉と瓶詰の果物をいくらか引っ張り出してくる。「とりあえずこれを分けよう」とフラッドに渡して、自分はさっさと周辺の木の枝を集め始めた。
「火を熾したら翼竜の肉を少し切り取るから焼いて食べよう。すぐには出来上がらないから、君はそれでも食べてのんびり待っていてよ。暇だろうし」
「ワシは構わんが、手伝わんで良いのか? 解体くらいできるぞ」
フラッドの気遣いに彼女はけらけら笑って「いらないよ」と返す。
「ここまで運んできてもらったのに他のことまであれこれ頼む気はないよ。まだまだ君には色々と手伝ってもらうことも出てくるだろうし、これくらいはね」
基本的に我が道を征く彼女ではあるが、協力してくれる相手への配慮か対価は惜しまない。勇者のパーティにいられたのも彼女が研究費用と時間をもらうかわりに作った薬品の数々を提供し、彼らの旅に大きく貢献していたからだ。
「存外常識的なところもあるのだな、あまりそうは見えぬが」
「よく言われるよ。自分では結構常識的だと思ってるんだけど」
「真面目な顔をしてワシに瓶詰を提案したヤツが、か?」
ほんの数瞬だけ沈黙が風と共に流れた。奇妙なくらいの無表情でジッとフラッドを見つめたあと、にへらと笑って「やだなあ、冗談だって言ったじゃないか」と返してみせたが、やはり目は笑っていなかった。
「……貴様は変な人間だのう。他の奴らとはまったく違う」
「他の奴らってのがどんな人たちなのか知らないけど」
切り分けた肉を焼きながら、爆ぜた火の粉がふわっと舞うのを眺める。
「たぶん私は君が見てきた誰とも当てはまらない。もし何かを期待しているなら応えられるかは分からないが……そうだね、退屈させないことは約束しよう!」