最終話『私は万能の大魔導師だからね』
────二年後。
小さな村にある大きな宿に泊まり、ぼんやりと摘んできた薬草を使って新しい魔法薬の完成を待つ。宿の主人には大金を払って、もう数日が経っていた。研究は上手くいかず、調合の量に誤りがあるのかと何度も何度も実験を行った。
エイリアが何をそこまで真剣になるかと言えば、旅が終わってしまうまでにフラッドの角を取り戻そうと考えているからだ。
仲間集めも順調で、既に意思疎通の取れる多くの種族がハイディスとフラッドの話し合いに応じて、じっくり検討した結果、力を貸してくれることになった。残すところは数種、それもひとつはフラッドと険悪な仲にある別のオーガの群れだ。交渉は困難を極めるだろうが、ハイディスも既に力を取り戻しており、もし話し合いが成立しないのであれば『始末する』と彼女は言った。
「のう、まだ薬の研究を続けておるのか?」
「んー? だって君の角を元に戻さないといけないだろ」
「なんじゃ、それでここ最近まともに寝とらんのか」
角が折れたことをフラッドは気にしていない。自分の友達より大切なものがあるのか、と問われれば彼女はハッキリ〝ない〟と答えるだろう。だからエイリアが一生懸命になっているのを少し心配しているくらいだった。
「寝てるさ。もともと研究室に籠ってたときから大して眠ったりするほうじゃないから、今はマシなくらいだよ。ハイディスにばかり仕事を任せて申し訳ないけど、二年も経ってかなり仲間も集まったし急ぐ理由もないだろ?」
フラスコの中で紫色に輝く魔法薬を揺らす。思っていた出来じゃなかったのか、彼女は渋い表情をした。
「でものう。せっかくワシが角を折ってまで得た結果じゃろ? そんなものを取り戻したら『あのときの気概はなんだったのか』という話にはならぬか? 無駄骨になって人間どもの反感を買えば努力も水の泡になろう」
国王が二年の間に必死になって国民の説得にあたり、最初は反発も大きかったが、大英雄エイリア・ファシネイトのたっての願いというのもあって、徐々に人々の支持を受け、その後に話を聞きつけたカレン・リーベルタースも、フラッドの仲間であったオーガたちを連れて何度も頭を下げ──頭を地面に叩きつけるほど──、今では社会的にも一部の魔物の存在は認められつつあった。
都市部のみならず、小さな村でもオークたちが周辺を縄張りとすることで下位の魔物たちから襲われることもなく、良好な相互関係を築き始めている。
すべてはフラッドが二年前に自らの角を折り、それを友好の証として捧げたのを発端とする一連の出来事だった。しかし、その角を容易く魔法薬で取り戻してしまったのなら、そこで信頼は失われてしまうのではないか? と彼女は不安を口にする。今まで築き上げたものを打ち崩すのではないか、と。
「そんなことはない。というか、そうなるはずがない」
エイリアは真っ向から彼女の不安を消し飛ばす。
「たしかに、すぐにでも取り戻してしまうのは逆効果だろう。言ってもまだ二年、時期は尚早だ。でも薬品は作り方が分かれば時期なんて関係なくいつだって作れる。世の中が私たちの目論見通りに進み安定を見せたら、そのときに飲めばいい。『普通なら元に戻らないものを治療できる』となれば私の研究も注目されて資金が回ってくるだろうし、白魔法で治療できない深い傷や病への光明にもなるはずだ」
ぼろぼろになったノートには目を凝らすほどぎっしりと文字が刻まれている。どんなに面倒なことが嫌いでも、エイリアは魔法の研究となると真剣だ。何度も過程と結果を書き込みながら、小さく一度だけあくびをした。
「それにね、人間ってのは最初こそ新しいものに惹かれて記憶に強く刻むが、いつかは忘れてしまう……いや、慣れてしまうと言った方が正しいかな。象徴は一過性で、再び新しい可能性の兆しが見えれば今度はそれに釘付けになる。そうやって進歩と衰退を繰り返しながら生きていく。だから私はこの旅が終わってしまうまでに君の傷を癒す薬を作りたいと思ってるんだ。それに、」
振り返って彼女は机に肘をつき、微笑んだ。
「私の友達の大事なものを取り戻したいって思うのは普通だろ?」
「……うむ、ありがたい。だが本当に角なんぞ治るのかのう」
「はは、そんなの任せておけば大丈夫だ。なにしろ──」
どんっと胸を張る。窓から差し込む光が彼女を頼もしくみせた。
「私は万能の大魔導師、エイリア・ファシネイトだからね」




