第8話「君さえ良ければいっしょに旅でも」
「ふうむ……ま、良かろう。ではワシがそれを運ぼうか」
大きな翼竜くらいならフラッドはひとりで運べる。森の入り口付近では、今頃動物たちが集めてくれた薬草などがあるだろう。最小限の労力で済ませるには最適だ。エイリアは頷いて「じゃあお願いしようかな」と任せた。
さっそく、ずりずりと尻尾を掴んで引きずりながら森を歩く。帰り道でいくつか木の実をとって抱え、エイリアは上機嫌だ。
「いやあ、意思疎通のできる魔物がいるなんてありがたい。実はちょっと前に魔物の発生原因を調べるよう頼まれてね。興味はないけど請け負った以上はやらなくちゃなあと思ってたんだ。良かったら君もいっしょに私と旅をして協力してくれないか?」
ひとりで研究に没頭するのもわるくないが、魔物の仲間なら大歓迎だった。今まで引きこもっているばかりで必要以上に外へ出ることがなかった彼女には、人間以外の存在なら──とくに魔物となれば今後の仕事にも使いやすいからという理由で──傍にいてもいいと考えた。しかし、フラッドは「チッ」と大きな舌打ちをして露骨に嫌悪感を示す。
「ハハ、なかなか胸に突き刺さるよ、その返し方」
「ワシは誰と組むつもりもない」
「いいじゃないの~。少しは給金も出すよ?」
「人間の町にも入れぬのに要らんわ、そんなもの」
瞬間、エイリアの悪知恵が働く。
「できるよ、町に入るくらい。私には朝飯前だ」
町に張られた結界は強力な魔法の力に依るもので、歴史に名を刻む、遠い過去に存在した大魔導師が人々を魔物の脅威から守るために創ったものだ。永遠を思わせるほど残り続ける強い魔力があらゆる邪悪を弾いてくれる。だからこそ人々は安心して町の中を歩き回り、子供たちが陽気に笑っていられる。
だが、エイリアには〝過去の栄光〟に過ぎない。彼女はそれこそ口には出したりしないが、魔物に結界を素通りさせるどころか、結界そのものを破壊することさえ可能な領域に存在していた。
「ふん、だが入ったとてワシに得などあるものか。その金とやらがどう使われるかは知っておるが……見よ、この雄々しき角に尖った牙と爪を。誰が見ても恐れおののく魔物が証明になるじゃろう? さすがの大魔導師でもワシのすがたを変えることはできまい」
ちっちっ、と彼女は指を振る。「分かってないな、私は大魔導師だぞ」と。
「さらに言えば、私は魔法薬学の大天才。〝万能〟の二つ名を持っている」
「……つまり、このすがたを変えられるということか?」
フラッドの問いに大きく手を振り広げて、彼女は自慢げにする。
「もちろん! 今すぐ材料はないし作成する環境もないが、私が国から与えられた小さな森には揃っている! すがたを変えるどころか別の生物にだってしてやれるさ。たとえばどろどろの液体になって瓶のなかで生きていくとかも可能だよ」
「ほとんど死んでるようなものではないか、馬鹿にしとるだろ貴様!?」
「やだな、冗談だよ。君が許してくれるならすぐにでも瓶詰にしたいけど」
目が笑っていないので本気なのだろう。見つめられてフラッドの背筋がおぞましいものを前にしたようにぞわりとさせられた。もしかすると闇討ちでもされて、目覚めてみれば瓶の中、ということもあり得るのではないかとさえ感じた。
「ま、無理は言わないさ。私も研究者としては君という魔物の五体をばらばらにして隅々まで薬学の実験に使ってみたいところだが、拒否をする相手をとっ捕まえて無茶苦茶するほど強引な性格はしちゃいない。……で、どう? すがたを変えてやれるのは本当だよ」
フラッドが歩く足を止めて、うーん、と考える。数十秒の間があって、彼女は顔を上げるとエイリアに手を差し出した。
「よかろう。人間の社会には興味がある。貴様の口車に乗ってやろう」
「おお、いいね! なら契約は成立だ。これからよろしく、フラッド」