第72話「思い出したくないことはある」
エイリアの勘は正しかった。すぐ傍で観察を続ける何者かの不穏な気配は、ずっと全員が感じている。しかし出てくるわけでもなく、三人はそのままダンジョンの奥へ進んでいく。
いつ襲ってきてもいいように戦闘準備は解かず万全の態勢だ。
「困ったものだね、いっそのこと襲ってきてくれたほうが楽なのに」
「吾輩も同意見だ。ひどく落ち着かない」
ぴったり張り付いて、一定の距離を保ち続けている。確かめるために攻撃を放ってみても、少し離れて身を隠して近寄って来ることもない。いくら呼びかけても反応さえせず、いい加減にしてほしいと全員がうんざりしていた。
次のフロアへ向かう道中、何度かスライムに再び遭遇し、その数がだんだん増えてくると無視をするようになった。そうして見つけた階段の前で、ひと息つく。
「……はあっ、なんか疲れちゃった」
「まったくだのう……。ワシは喉が渇いた」
「吾輩のつくったスープならあるぞ」
「んなもんで喉の渇きがとれるわけなかろうが……」
「無いよりマシだと思うがね、レディ」
「暑苦しいなあ、君たちは。あと数分休憩したら出発するよ」
度重なる襲撃と数の多さにフラッドとロッソが険悪な雰囲気をつくりだすのを見て、やはり魔物は人間よりも血の気が多いのだろうか、とエイリアは観察する。
「君たちさあ、ふと思ったんだけどほかの種族に対してはどう考えてるわけ? やっぱり自分たちのほうが格上だとか思ったりするのかい?」
オーガもドレイクも自分たちの種族に誇りを持って生きている。わざと同時にふたりへ質問することで、喧嘩のひとつでも起きればいいと思った。
「ふうむ。オーガは基本的に他種族に対して見下したりはせぬが、ワシら以外の里を持つ連中はとにかく攻撃的ではあるのう。野蛮だと捉える者も多いがワシらはそうして獲物を狩ってきたゆえ、どちらかといえば原始的と言うべきか」
家畜を育てるといった意識もなく、そもそも育てるよりは土地を移動して狩りをするほうが楽という考え方だ。フラッドの里では、そういった試みも行われているが、それでもほとんどは狩りで賄うのが当たり前だ。
「ふーん。たしかに私が行ったときもそんな感じだったな」
「ドレイクも似たようなものだ。見下しているわけではない」
ロッソはなんとも気に入らなさそうな態度を示す。
「ただ連中は実力主義者だ、相手が自分と対等であるかどうかを見定めようとする。……決闘とは名ばかりの殺し合いでな。だから我々は数が少ないのだ」
多くのドレイクは血気盛んで、戦うことに意義を見出す者もいる。その点、ロッソは大人しく理性的でエイリアたちに対しても友好的であった。
「そういや、ドレイクってのは単体というより少数でグループを作って生活すると聞くが、どうして君はひとりで雪山なんかにこもってるんだい」
するとバツの悪そうな顔をしてロッソは答えた。
「──吾輩が人間と魔物の混血であるからだ」
成り立ちからして人間と魔物の混ざりものとも言えるオーガとは違い、ドレイクは混ざり気のない完全な魔物だ。理性を持ち、高度な技術までも体得する彼らは強烈なまでの誇りを抱いており、そこに他種の血が加わることを良しとしなかった。
しかしあるとき、一体のドレイクが人間に恋をした。魔法を使ってからだを作り替え、愛し合い、やがてロッソというひとりの混血児が生まれる。当然、ほかのドレイクたちは彼らを忌み嫌い、誰もが彼らを受け入れない厳しい現実が待っていた。
『ただでさえ混血、ましてやあの貧弱な人間と交わるとは』
『愚か者の象徴だ。我々の同胞としては認められない穢れだ』
いくつもの冷たい言葉が彼を突き放した。両親はいい、それを承知のうえで結ばれたのだから。──だが、生まれてきた当の本人はどうか? ドレイクとしても人間としても馴染めず、やがて成長した彼は孤独を望んだ。
「雪山は良い。過酷な環境ゆえに、だれの邪魔も入らんのでな」
「それでひとり体を鍛えながら色んな勉強を重ねてる、と?」
「ウム、まあそのようなところだ。……さあ、もう数分経ったぞ」
いつまでも湿っぽい話をする気はない、と次のフロアへの階段へ率先してロッソが足を掛ける。エイリアたちも空気を読んで彼に続こうとしたときだ。
「──ッ! あぶない、なにかこっちに来るぞ!」
何かの強い殺気に振り返ったエイリアが見たのは、武装した骸骨──魔物のなかでも特異な存在である〝スケルトン〟だった。




