第70話「二度目までは良くても三度目は大体飽きる」
エイリアが驚いたのは、ただその一点のみだ。人間が保有する魔力にしてはあまりに大きく、かといって並の知性ある魔物でも不可能だろう、と。しかし構築自体は単純で普通の冒険者などであれば道に迷うところも彼女ならば迷うことなく正しい道を進むことができる。定期的に道が変わったとしてもだ。
「とにかく進もう。まだ最初のフロアでつまずくわけにも行かないし……ロッソ、君はどうする? ここまででも構わないけど」
彼が見たものが何かは分からないが恐怖を感じているのはハッキリと理解できる。これ以上無理に同行させるのもどうかと思い、念のため意思を確認する。
「……ふう、吾輩も見くびられたものだ」
ポーズを取りながらもわずかに震え進むのを嫌がってこそいるものの、口では「ディグ山脈では吾輩が最強なのだ、レディたちだけで行かせたら筋肉が泣く」と立派に答えてみせる。表情だけがどうしても嘘をつけずにいた。
「まあ、いつでもリタイアしてくれ。君に助けてもらうほど経験が浅いわけでもない。……それに、この奥に何がいるのか。仲間の安否よりも楽しみになってきたよ」
先頭に立ち、次のフロアを目指して歩く。魔物らしきすがたはいまだ見当たらず、「変だなあ。魔物が湧いていてもおかしくないのに」と流石に首を傾げた。
「これほどの迷宮じゃ、どこぞで足止めでも喰らっておるのでは?」
「と、私も思ったんだが。ここは広いだけで道は単純だから……ほら」
指を指した先には、次のフロアへの道がある。
「このダンジョンがどこまで続いているのか分かんないけど、まだ私たちは入り口をウロついてただけみたいだ。魔導迷宮にしてある理由はなんだったんだろうね?」
謎の多いダンジョンはさらに地下へ潜ることになる。また長い階段を下りた先には目を疑う光景が広がっていた。フラッドは興味津々だったが、エイリアはうんざりしていた。眼前にはこれまで見て来た森林に等しい空間があったのだ。
「……まーた森かよ。なんでまたこんな地下に」
もはや別世界にでも訪れたような感覚だ。ディグ山脈の身も凍りつく寒さとは真逆に蒸し暑く、ローブを脱ぎ捨てて傍にいる涼しそうな格好のふたりを目を細めて羨ましそうに見た。フラッドもロッソも、身に着けているものがなさすぎた。
「いいよなあ、君たちは。ていうかフラッド、君は暑くないのか」
ぼろきれとも呼んでいいようなうすっぺらい布で肌をいくらか隠す程度の薄着をしているフラッドは、となりに立っているロッソとは違って額に汗ひとつ滲んでいない。
「まあ暑いのには強いんでのう。貴様ら人間はよもやこの程度で音を上げるのか?……と思ったが、肉体の構造からして違ったのだったか」
「そうだよ。せっかく温かいスープを作ってきたってのに」
ロッソもうんうんと頷き、額にやんわりのった汗を腕で拭う。
「吾輩の判断ミスだった、すまない。にしてもオーガは温度変化に強いのが羨ましいな。吾輩は半分が人間の肉体ゆえ、やはり多少は暑く感じるものらしい」
「情けない奴らじゃなあ……。いちど帰るか?」
呆れ顔をされてエイリアはむっ、とする。
「なんだとぅ? 私を馬鹿にしやがって。いいさ、それなら」
杖を手に持ったかと思うと冷気が周囲に広がった。
「ふう……これですこしは涼しくなるだろ」
「強引よのう。しかし静かじゃ、妙な気配は感じるが」
森にはゴブリンやスライム系の魔物が潜んでいることが多い。あるいはオークか小型のドレイクなども候補だろう。ゆっくりと近づいてくる気配に緊張感が漂った。
「フラッド、ロッソ。敵の数は分かるか?」
「さあのう。十は超えていそうじゃ」
「吾輩も同意見だ。おそらく囲まれているだろうな」
「……そっかそっか。じゃあやるべきことは決まりだ」
彼女の持つ杖はさらに強い冷気を帯び始める。
「各員、臨戦態勢。背中合わせで互いを守りながら、一気に片付けるぞ」




