第6話「大樹の下で魔物を見つけた」
足跡を追い掛けながら、さらに奥へと進む。足跡を辿って行けば大樹のある森の中央に出た。緑豊かな場所にたったひとつだけ紅葉をまとうそれは神陽樹と呼ばれていて、傍にいるだけで傷ついた体や病を癒してくれる、優しい魔力を持った神の樹だ。
「……いないか。いやでも、あれは?」
大樹の根に体を預けている誰かを見つける。腰まで伸びた黒い髪。赤土色の肌。額から後頭部へ反るように伸びた鋭く大きな黒い角。およそ人間ではないすがたをしていた。
「へえ、人型の魔物なんて珍しい。しかも女の子か」
どうやら見れば大けがをしているらしく戦うにはずいぶんと弱っているからなのか、エイリアは堂々と魔物の傍までやってきてジッと見つめた。魔物の少女は疲れ切っていて意識もなく、本来なら魔物特有の気配感知もできていない。だが声がして、うっすらと目を開き、彼女を見上げて。
「────だれだ、貴様?」
立ち上がる気力がなく座ったままの姿勢だが、声色は怒りに満ちている。
「お、自己紹介をしようか。私はエイリア・ファシネイト、人間の魔導師だ」
「……人間。そうか、人間。ワシを殺しにきたというのだな」
「え、そうなの? 君が悪さをしないなら殺す理由はないんだけど」
かがんで目線を並べて、エイリアはにっこりと子供のように笑った。
「人間の言葉を理解できる魔物なんてすごく貴重なのに、殺すなんてもったいないじゃないか。むしろ色々と聞いてみたいことがたくさんあるくらいだよ。私はこれでも研究者の端くれでね。なんでもかんでも魔物なら殺してしまえとは思ってないんだ」
普通の人々にとっては、どんな魔物であれ生活を脅かす存在には違いない。できることなら排除してしまおうと考えるのが普通だが、彼女は『研究ができるなら生きてても死んでても構わない』という考え方だ。わざわざ殺す理由をつくってまで襲うことはしない。むしろ意思疎通ができるというだけで興味津々に目を輝かせている。
「フ、変わったヤツだのう……で、ならばワシをどうする?」
「それより名前教えてよ。君のことがもっと知りたい」
ぐいぐい来られて魔物の少女は驚く。
「……フラッド。オーガと呼ばれておる。貴様は知っておるか」
「ああ、オーガ! 知ってるとも、何人か殺したことがあるからね!」
悪びれもせず言ったエイリアの瞳がフラッドには狂気的に映った。
「何者なのだ、貴様は……」
背中からぞわぞわとするものを感じるフラッド。エイリアはぷっ、と笑う。
「何者でもないよ? 万年金欠のダメ人間さ。みんなは私を〝万能の大魔導師〟とか〝四英雄のひとり〟とか呼ぶが、ただの肩書だ。意味なんかない。使い道は色々だけどね」
懐から最後の一本になる試験管を取り出す。なかはきれいな黄金色をしたどろどろの液体が入っている。コルク栓を抜くと、ふわりと甘ったるい香りがした。
「ささ、まずはこれを飲みたまえ。魔物に効くかどうかは分からないが傷を完璧に癒してくれる最高の薬品だよ。毒じゃないから安心してくれ」
「いやじゃ。ワシは甘ったるいものは嫌いなのでな」
「だめだよ、治さないと。神陽樹の放つ魔力で癒すには傷が深すぎるだろう?」
口元にぐりぐりと押し当てて、問答無用とばかりに飲ませようとするエイリアに対してフラッドは苛立ちながら「飲みとうない」と口を開けようとしない。
「……そっか、じゃあ仕方ない。────無理にでも飲んでもらうよ」
たまりかねたエイリアが彼女の顔をぎゅっとわしづかみにして無理やり口を開かせようとする。手の力がとても人間のものとは思えず、フラッドは必死に抵抗したが、次第に口を開かされ、ついには試験管を口の中に押し込まれた。
「おえっ、まずっ……!? なんじゃ貴様、その力……本当に人間か!?」
「まー、薬を作るのに、色々と自分の体で実験してたらこんなふうにね」
傷が治っていく様子を見ながら効果に満足そうにうなずきながら。
「よしよし悪くないね。もう大丈夫そうだから、ゆっくりお話しよっか!」