第45話「このちくりとする胸の痛みはなんだろう?」
フラッドの指示のもと、オーガたちは忙しなく働き始め、夕刻にはエイリアとカレンを歓迎するための宴がひらかれた。大きな焚火を前に、首長の帰還に加えて森の安全が確保されたともあって彼らは大盛り上がりだ。
だが、ある程度の質問攻めから解放されたエイリアは、喧騒から離れてひとり遠く、大木の上から見下ろして静かに酒を飲んでいた。
「ここで何をしておる。いっしょに飲まぬのか?」
気配なくやってきたフラッドが彼女の背後に立つ。
「大人数は苦手でね。私はここで眺めてるほうが好きなのさ」
「そうか。無理強いはせぬ、それならばここでワシと飲もう」
となりに座って酒の入った小さな樽のカップを、彼女のカップにこつんとぶつける。本来ならば宴の中心にいるべきふたりが、離れた場所で眺めながら静かに飲む。
「良かったね、フラッド。やっと故郷に戻ってこれて」
「……ウム。皆の顔を再び見れてよかった」
「じゃあ、これからは森を守っていかなくちゃな」
焚火を囲んで踊り出すオーガたち。子供から大人まで入り混じって楽し気に。
「彼らには君がいないと。……楽しい旅だったよ、ありがとう」
「……そうじゃのう。貴様はそれで良いのか」
「まあ、正直言って寂しくなる。カレンとは仲が良いわけではないからね」
気心が知れているという意味ではカレンを旅の仲間として連れ歩くのは正解だろう。いざ戦いとなっても息が合う。だからといって、関係はそれまでだ。フラッド以上に楽しく過ごせる相手かと言われれば、エイリアには違う。
「でも、ほら。結局私の旅の目的って何かって言われたら、世界中の魔物の発生原因を探ることが中心だ。自分の研究を優先したりするときもあるから遊び半分なところもあるけど、請け負った仕事を捨て置いて趣味に興じるほど身勝手でもないよ」
せっかく仲間になったフラッドがいなくなるのは個人的に寂しくもあったし、他の魔物について調べるときに頼りもない。だが無理に連れまわすほどの厄介さを持たないエイリアは彼女のことを諦めるしかないと分かれば、すんなりと受け入れた。
「ま、早々に旅が終われば顔でも出しに来るさ」
ぐいっとカップの酒を勢いよく飲み干し、口端からつうっと垂れる。
「あまり他人に興味は持てなかったが、うん。友人というのも悪くない」
「ハハッ、そうじゃな! 貴様のような人間に会えてよかった!」
「私も。君みたいな魔物に会えてよかった。短かったけど良い時間だった」
カップを置き、エイリアは風に当たってくると言って里のそとへ向かう。どこか胸のちくりと痛む苦しさがあったが、彼女はそれを酒のせいにした。
(……仲良くなれたのにな。私の最初の友達だったんだけど)
そよ風にぼんやり当たって森を歩く。エイリア自身強く意識はしていなかったが、いつの間にか彼女のなかでは『仲間』という括りではなく『大切な友達』に変わっていた。パーティから外されたときも少しは寂しくあった。けれども、そのときにはなかった胸の痛みとまとわりついてくる孤独感がぬぐえないでいる。
「はあ。……ん? 誰かいるのか?」
森のなかで話声が聞こえる。人間のものと思しき会話だ。杖を取り出し、わずかに振るって魔力をまとい、闇に紛れてすがたを隠して近寄っていく。
「だめだ。そっちはどうだ? このあたりで反応があったんだが」
「仕掛けてた魔力計がぶっ飛ばされるなんてな。やれやれ」
白いローブに身を包む二人組の男。彼らの背に大きな紋を見つける。
(あれは王立魔法院の紋章か? どうしてこんな都市部から離れたところに……)
もうすこし様子を探ってみようとさらに近づき、耳を傾けた。
「しかしうわさは本当なのかね、オーガを見たなんてのは。たしかサイズ的には中程度の角だったんだよな? そのわりには、かなり大きな魔力反応だし森の入り口近辺は吹き飛んでるときた。……できれば、何事もなく研究室に帰りたい」
肩を落とす男の横で、うんうんともうひとりが頷く。
「魔物の相手なんぞ冒険者にでも任せてればいいのに、魔法院の上層部はどうあっても近辺の魔物を駆逐して実績が欲しいんだろ。教授たちがもっと莫大な研究費が欲しいと愚痴をこぼしていたぞ。俺たちと違って資料と睨み合ってるだけのくせにな」
エイリアは話を聞くと、音もなくその場から立ち去った。
(……戻って彼らに伝えないと。厄介なことになってしまった。きっと私のせいだ)




