第42話「逃げ切るのは難しい」
バルトンたちも馬車に乗り込ませ、カレンを御者台へ。動き出せば、エイリアが荷台に飛び乗って、サラマンドラへ杖を向けて詠唱を始める。
「聖なる大地と自然の守護者よ! 我が高貴なる祈りを聞き届け災厄を払い、偉大なる息吹によって邪悪なる闇を退けろ!────〝ウィンド・クエイク〟!」
杖から放たれた暴風の壁が、間一髪サラマンドラの放った火炎の吐息を相殺する。「急げ、カレン!」エイリアが叫び、カレンも馬に急がせる。ブツブツと神に祈りを捧げながら、御者台に乗り込んできた正面を歩く男のオーガの道案内に従う。
「このまままっすぐ突っ走れ! 俺たちオーガの呪術師が張った結界がある! そいつを抜けられれば、たとえあんなデカブツだろうが俺たちを見失う!」
「だ、だめですわ……! エイリアが押さえてくれても追いつかれます!」
もういちど放たれた暴風の壁もこんどは突進ひとつで打ち砕かれ、サラマンドラは全力で駆けて追ってくる。いくら馬の脚が速いとはいえ、魔物と比べれば大人と赤子の差が出てしまう。荷台で静観していたフラッドが「ならワシが」と馬車から飛び降りた。
「何してるんだ、フラッド! あぶないぞ、はやく乗れ!」
「大丈夫、ワシの脚ならば貴様らに追いつくことは容易。なればここは──」
腰を低く落とし、地面を拳でどんっと叩く。ギリギリと歯を鳴らして、深い呼吸をひとつ。彼女の全身を紫紺の眩いオーラが覆う。
「このフラッド、同胞の護り手として時間くらいは稼いでみせようぞ!」
その小さき体が大地を蹴って一歩。踏み抜けば地は揺れ、空気は震える。雄叫びだけで木々は傾き、対峙するサラマンドラでさえ彼女のすがたが巨大に見えたことだろう。狙いは逃げる馬車から一転してフラッドというひとりの好敵手に移る。
ひといきに喰らってやろうと開いた大きな口をかわして懐にもぐりこんだフラッドは、全身全霊の力を込めて敵を上空へ蹴り上げた。いったいどれだけの能力があれば、大木よりもはるかに重量のあるだろう巨竜を蹴りひとつで吹っ飛ばせるのか? とエイリアは彼女の戦うすがたに、オーガという種の脅威的な強さをみる。
彼女はトンッと飛び跳ねて馬車の荷台まで戻ってきて、ふう、と落ち着いた瞬間にサラマンドラは地面にたたきつけられて、ぐったりと気を失った。
「いやあ、さすがだねえ。あれを倒しちゃうのか」
「これで落ち着いて移動できますわ」
「さすが首長です! あれには困らされていたんです!」
他のオーガの誰もが敵わない強敵。それをたった一撃で倒したとバルトンたちは大喜びだ。里も守られて、ましてや倒したのだから食糧も手に入る、とあとで回収にも来ようと言った。だが、フラッドは荷台にごろんと寝転がってから。ぽつりと。
「はよう逃げんか。すぐに目を覚ますぞ、ちょっと気絶しただけじゃ」
「倒したんじゃないのか!?──ってほんとだ、起きてる!」
ふらふらと立ち上がり、サラマンドラは周囲の状況を確かめるようにきょろきょろとして、馬車を見つけると再び走り出そうとする。
「なんでトドメ刺してこなかったんだ君は! 馬鹿なのか!?」
「はあ~!? 誰が馬鹿じゃ、あんな全力何度も出せるか!」
「だったら言えよ、私がトドメ刺したっつうの!!」
「知りませーん! だったら今降りてやればええじゃろ、バーカ!」
「誰が馬鹿だ! ええい、もういい! その通りにしてやるともさ!」
ぴょい、と馬車から飛び降りて杖を持つ。
「ちぇっ! 君たちを守らないといけないと思ったから、私だって戦わずに逃げることを選んだんだぞ。そうじゃないなら──私ひとりでじゅうぶんだ」




