第4話「まずは旅支度から始めよう」
エイリアは研究さえできればそれでいい。場所は選ばない。ただ森はしずかで基本的に邪魔がないので都合が良かっただけだ。のんびりと旅をしながら援助まで受けられて、世界各地のどこにいても研究が続けられると分かれば断る理由はなかったし、むしろ喜んで受けるに値した。元勇者の引継ぎという名目は嫌だったが。
「ところで国王陛下。もちろん馬車とか諸々は用意していただけるんですよね」
「……? そなたには以前、褒美に馬をやったはずだ。あれはどうした?」
「研究と生活のために売りましたけど、それが何か」
けろりとした態度で言い放ち、何の疑問も抱かない様子には国王も頭を抱えたくなったが、現時点で彼女以外に頼れる人間がいない以上は諦めるほかなく、近くの衛兵に「用意してやれ」とがっかりする。
「えへへ。ありがとうございます、国王陛下。前庭で待っていますよ」
「そのかわりしっかり頼むぞ。そなただけが希望なのだ」
「もちろん。生き残りの英雄として努力しますとも。……たぶんね」
聞こえないよう、ぼそっと呟いて、彼女はさっさと謁見の間を出て行く。城のなかにある煌びやかな世界は近くて遠い縁のない場所だ。いつまでも居座っていても居心地が悪くなっていく一方で、城下町の空気のほうが性に合っていた。
ごきげんようと声を掛けられれば話もするが、そわそわと落ち着かない。
(まったく、金持ちってのはいつも自慢話と他人の悪口ばかりで嫌になる。美しくいたいと思うなら、指輪よりも自分磨きをしたほうがよほど有意義だろうに)
虫よりも騒がしく害悪に思えてきて気分の悪くなってきたエイリアの足は次第にはやくなっていく。うんざりするような時間をやり過ごして前庭までやってきて、外の空気と照りつける太陽に大きな深呼吸をして安堵を覚えた。
「エイリア様。お待たせいたしました」
数十分を待っただろうか。幌馬車がやってきて、衛兵が御者台から降りてくる。「数日分の食べ物も積んであります」と聞いて中を確かめてから「これだけ?」と返した。
「数日分ですから。干し肉に塩漬けした野菜とか色々ですよ。果物なども瓶詰にして冷気の魔法で封をしていますから、腐る心配もありません」
「……ま、ありがたいっちゃありがたいか。ちょっと少ないけど」
御者台に飛び乗って衛兵に礼を言って、手綱を握りしめる。いざ出発、といったところで彼女は思い出したように白衣のなかに手を突っ込み、試験管をひとつ取り出す。
「これを受け取りたまえ。働いてくれた礼には少ないかもしれないが」
「……あの、これはなんの薬なんでしょうか?」
「疲れが消し飛ぶ秘薬だよ。爆薬に火をつけたみたいに一瞬さ」
衛兵の顔色を見て、エイリアは少し気になっていた。本人に自覚はあまりないのかもしれないが目にくまができていたし、背筋も曲がっていて健康には見えない。
「いいかい、名もなき衛兵さん。君はきっと普段から働き者なのだろうが、そうやって無理ばかりしていると結局、反動で動けない時間のほうが多くなる。少しは自分を労わることも仕事のひとつだと覚えておくといい。それじゃあまたね、頑張って!」
馬車を走らせて前庭を抜け、門を過ぎて町へ出る。衛兵が大きく手を広げているのを見て、手を振って返しながら、小さくなっていくと揺れる御者台のうえで姿勢を正して座りなおす。町のにぎやかさが彼女の旅の始まりを告げた。
「うーん、いいね。やっぱり自分の足で歩くより面白い!────っと、まずは研究に使う道具の調達だ。せっかくだから新しいものを用意するかな!」