第2話「天気は良いのに気分は悪い」
────数か月後。
小さな森のなかにある小屋で、研究に没頭するエイリアのすがたがある。パーティを追放されてから、国王より賜ったあらゆる褒賞を換金し、多くのものを失った彼女に残った最後の砦。誰の邪魔も入らない場所だ。
からん。ベルが鳴る。誰かが訪ねて来たらしい。食事中だった彼女はかじりかけのパンを片手に扉を開き、やってきた人物を見た。
「おはようございます、エイリア様。お手紙が届いてます」
「やあ、ありがとう。いつも遠いのにご苦労さま」
微笑まれて、郵便屋の男が嬉しそうに頬を紅くした。
「いえ、これが私の仕事ですので。それでは!」
丸められた羊皮紙を受け取り、郵便屋が帰っていくのを見送りながら紐をほどき、中を確かめる。思わず目を見張ってから「あーあ、だから言ったのに」と肩を落とした。
内容は、かつての仲間の訃報を知らせるものだった。
「私の魔法薬学の恩恵がどれほどのものか理解していないから……ま、死人に口なし。私を見限った連中のことなんてどうでもいい……と言いたいところだが、そうも行かないか。しまったなあ、つまりこれはあれだぞ。私に仕事が回ってくるやつだ」
部屋に戻って、落ち着かない様子でぐるぐると回る。手紙は仲間の訃報を知らせると同時にシックザール王国の城へ来てほしい、と招待状の役割も果たす印の入った国王直々のものだ。なにを言われるかなど想像に難くない。心底からいやだと彼女は思った。
「どうせ私に魔物発生の原因究明をしてくれとかそんな依頼だろうなー! あー、めんどくさい! 今度メルギオ山脈で薬草の採取をするつもりだったのに!」
がりがりと頭を掻いて、どうしたものかと考えあぐねたところで答えは出ない。薬学以外で目立った賢さもない彼女は、しばらくの時間が過ぎてから、ぽんと手を叩く。
「よし、直接会って断ろう。たぶん許してくれるはずだ!」
さっそく支度を済ませようと棚に並べた試験管を腰に着けている手製の革ベルトに何本もストックしていき、白衣のローブを羽織る。机に転がった瓶のなかから緑色に発光している不気味な飴玉を口に含んで転がし、甘ったるい味にげんなりしながら外へ出た。
「効能はバッチリだけど相変わらず味はまずいな。天気は良いのに気分は悪い」
薬とはそういうものだと割り切るしかない。諦めて彼女は駆け出した。風のようにはやく、動物たちが何事だと驚くのも無視をして、まっすぐ森を抜けて草原へと飛び出した。
食べた飴玉には身体能力を飛躍的に上昇させる効能がある。彼女の技術によって生み出された、とてつもない魔力を秘めた飴玉だ。同じものを創ろうとしても不可能な領域の、いわく『超がつくレベルの優れもの』である。
王都フルオーリまでの道のりは本来であれば馬車を使って数時間のところ、彼女はそれよりもずっとはやくに着くことができた。陽が昇りきった時間から沈むより前に。
にぎやかしい都の門までやってきて、まずは衛兵に挨拶からだ。
「こんにちは、諸君。ご機嫌いかが?」
さすがにもともと勇者のパーティにいただけあって、彼女を見て気付かないような衛兵はいない。すぐさま敬礼をして「どうぞお通り下さい、エイリア様」との声には彼女も満足そうにうなずいて「ありがとねー、今度いい薬を調合してあげよう」と手を振った。
(さてさて、まずは国王陛下にご挨拶だ。きっと勇者が死んでしまってガックリ来ているんだろな。私なんかに頼るんだから、よほどのことだろうし……それでも断るけど)