第3話 静寂
いやぁ、まぶしいなあ。
美味しそうなヒロシさんが大声を上げたにもかかわらず、前の席のツルツルは起きる気配がない。
そう言えば、ツルツルの横にいた男がスチュワーデスさんに
「頼みがあるんだが、連れを起こさないでくれ。
死ぬほど疲れてる。」
とか言っていたな。
起こしてしまっては可愛そうなので、余り空気を読まない美味しそうなヒロシさんにも注意喚起をしなければ。
「ヒロシ、」
「あい!」
「前のオッサン、疲れて寝てるみたいだから、少し静かにしてあげようか。」
「あい!」
相変わらず返事の声がデカくて美味しそうなヒロシさんに少しドキドキしたが、
その手元、
その手に持つ物に、
俺は衝撃を受けた!
"爪切りじゃん!!!"
「あのー、爪切ってイイっスか?
俺ホント飛行機乗ると、爪切りたくてたまらねえんス。
飛行機での爪切りってサイコーっスよね。」
激しく同感だ。
今までは、
"コイツ、ちょっと頭おかしいのかな?"
なんて思ったりしていたけど、
出来るだけ爪を飛ばさないようにとか、マナーを守ればむしろイイことなんじゃないかな?
だってプールに入った時とか、誰かにぶつかったら危ないもんね。
でももちろん爪は俺が回収するよ。
スチュワーデスさんも、切った爪渡されても気持ち悪いだけだろうし、絨毯に落ちた爪は引っ掛かりやすくて掃除機では吸いにくいからね。
って思ってる間に半分くらい切り終わってる!
どこ行ったよ!
美味しそうなヒロシ様の爪!
ぱっと見、何処にあるのか分からない爪。
俺はその余りの屈辱、そして悔しさに思わず歯ぎしりをする。
ギリッと鈍い音を立てる口元。
そして静寂ー
と、不意に爪が切られた!
ゴクリ、と唾を飲み込み、瞬きをしたほんの一瞬。
正にそれを狙っていたかのように、それは実行されたのだ!
一瞬の隙をつかれ、しかしそれでも何とか反応した俺は、その幅1ミリにも満たない爪の、その行先を見極める!
パチンッ!
グサッ!
ツルツルに刺さる爪!
見ると今まで適当に振るわれていたように見えたその切っ先ー
その流れるような一連の作業は、まるで精密機械の様な正確さでその全ての爪のかけらを飛ばし、その鋭い刃の全てをツルツルの中心に命中させていた!
パチン!
グサッ!
パチン!
グサッ!
パチン!
グサッ……
永遠にも思われたその数分。
見るとその手の爪には、白い部分などもう少しも残っておらず、
まるで何も起こっていなかったかのように、その場はまた再び、静寂に包まれていた。
俺は震える手でひとつ、またひとつとツルツルから爪を引き抜いていく。
そしてその最後のひとつを抜いた時、もうわかり切っていることだが、美味しそうなヒロシ様に確認したのだ。
「終わったのか?」
「あい!」
作戦、終了だ。
続く
コメディーの他の作家さんのモノを読んでみましたが、どう見ても自分の方向性が間違っているようにしか思えず、怖くなったのでしばらく見ません。