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蕾から1ヶ月  作者: 夏川 流美
3/6

あと、約1週間

 白の体に棘が生えていることを知ってから、1週間程経っただろうか。あれから俺達は、夜に何度か電話で会話をした。だが、その電話はいつも俺からだった。


 また今日も白に電話をかけようか、と考えながら仕事を終え、帰宅する。最近、俺の頭の中は白のことばかり。仕事をしている間は忘れても、休憩に入った途端に思い出す。いっそ依存と言っても良い程だと思う。


 ゆっくりお風呂に浸かり、電話をかける21時まで個人の時間を楽しむ。もうそろそろか、と時計を目にした時、着信音が鳴り響いた。



「――はい、祐介です」


「あ、祐介さん……! 私です、白です!」



 着信が来た時には、登録している名前が表示されるから、白から掛かってきたのは分かるのだが……。元気よく名前を言ってくれた白が微笑ましい。



「白さんから電話なんて珍しいね?」



 座布団の上で胡座をかきながら天井を見上げる。初めてで驚いたが、とても喜んでいる俺がいるのが事実だ。何か急ぎの用でもあったのだろうか。単純に、自分から掛けたくて掛けてくれたのなら、嬉しいことこの上無い。


 しかし白は黙り込んでしまった。不穏な空気が流れる。喜びも不安となり、話し出すのを待つ。数分黙っていると、白が溜息をひとつ零した。



「明後日、お会いできませんか。……話しておきたいことが、あるんです」



 静かで、落ち着いていて、重かった。それが重要なことだというのは、言われずとも察せた。明後日から連休に入る。会うことは可能だ。


 なのに俺は、その重要な話を何だか聞きたくなくて。自分勝手で、最悪な我儘を伝えた。



「明後日は予定が、あるんだよね。別の日じゃ、ダメかな」


「……そう、ですか。いつなら都合つきますか?」


「最近忙しくてさぁ! ……だから、ちょっと」



 言っているうちに、自分の胸に穴が空いていくようだった。自己嫌悪しかなかった。ついてしまった嘘は取り消せない。どれだけ白を傷付けているかと考えると、居ても立っても居られなかった。



「ごめんなさい、じゃあ、また今度伺いますね」



 苦しそうに笑う、白の声。頭が真っ白になって、呼吸が浅くなる。何かを伝えようとしてくれた白を、俺は突き放してしまった。また、苦しそうに笑わせてしまった。



「ごめん! やっぱり――」



 訂正しようとしたのは一歩遅く、電話の切れた音だけが答える。


 俺は電話をかけ直した。発信音は、何回コールしても白の声に変わることはない。自分のやらかしてしまったことが、どれだけ罪深いことか。



(今ならまだ、間に合うか?)



 スウェットの上からコートを羽織り、家を飛び出した。勝手に突き放したくせに押しかけるなんて、かなり迷惑で、とてつもなく身勝手だ。でもさっきの白の声が、耳を離れない。話を聞かなければならないと、感じた。



 出会った日のことを思い出す。雨から逃れようと必死に走った、あの日を。今夜は雨が降っていないが、足は一刻も早く白の元へ行こうと動く。


 大人になって、ここまで全力で走ることなど早々無い。少し走っただけで、肺は悲鳴をあげていた。



「白さん! いるなら出てきて、白さん!」



 気付けば家の前に辿り着いていた。ドアを叩き、名を呼ぶ。出てこなかったら、なんて考えなかった。白から話を聞かなければならない、といった使命感に駆られていた。


 鍵の開く音がしたから、黙って一歩下がる。静かにドアを開け、白は姿を見せた。



「……どうしたんですか」


「ごめん。電話で言ったこと、嘘なんだ」



 深々と頭を下げる。何も答えてくれない白。手を握り締め、口を結ぶ。重く、ゆっくりとした静寂。自分の招いたことだけに、居心地が悪い。



「頭を上げて下さい……今、お話できますか」


「うん、勿論……!」



 中に入って行く白の後を追う。殺風景な部屋には生活感が無かった。適当に座るよう言われ、悩みながらも近くのクッションを借りて座る。すぐに目の前へお茶を出された。


 白はテーブルを挟んだ反対側に座り、上品な動作でお茶を飲む。その後、俺の目を真っ直ぐに捉えた。



「祐介さんにだけ話す、大事なお話です。……聞いてくれますか」



 俺は大きく、しっかり頷いた。白は小さく深呼吸をし、そっと口を開く。



「私は、人間ではありません」


「…………は?」



 聞くとは言ったが、最初から頭が追いつかない。思わず苦笑いを浮かべ、視線を泳がせる。白は人間じゃ無かった、とは?



「私の本当の姿は薔薇です。蕾が開いて、人の姿になりました。……理由はよく分かっていません。気付いたら、ここに」



 薔薇、というと、あの薔薇。花の、薔薇?


 花が人になるなど、そんなことがあり得るのだろうか。けれど本当に薔薇ならば、全身に棘が生えていることに説明がつく。


 脳内でなんとか整理しながら、白の話を詰め込む。完全に追いつくのには時間がかかりそうだ。



「そして私の寿命は……あと、約1週間です」



 追い討ちをかけるかのような、突然の余命宣告だった。折角仲良くなれて、重要な話をしてもらえる程になったのに。


 あと1週間。それはおそらく、人間としての寿命ではなく、薔薇としての寿命なのだろう。だから俺に、本当の姿を告げたのだ。


 だとしても、そんなのって。



「そんなのって……無いだろ……」



 目を伏せ、肩を震わせる白。多くの感情を抱え、それを口にしようとしない。たまらなく悔しくて、どうしようもできない自分が、1番嫌だった。


 再び重い静寂に包まれる。ぐるぐると色々な想いが頭の中で回り出す。目が回りそうで、気持ち悪かった。



 何故白は、俺にこれを伝えたのか。ただ、仲良いから伝えようと思っただけなのか。もし、もしもそれだけじゃないのなら。……何かを、望んでいるのなら。できることを最大限してあげるだけだ。



「明後日、10時に迎えにくる」



 立ち上がった俺は、白の返事も聞かずに出て行った。本当はまだ頭がいっぱいで、余裕なんてありはしなかったが、体が動いてしまっていた。



 ほぼ無心で家に帰り、コートを脱ぎ捨て、倒れこむようにベッドに入る。言い捨てて出てきたものの、何も考えちゃいない。残り1週間。俺が最大限できることとは、何なのだろうか。何か、あるのだろうか。

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