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終焉の零れ子たち  作者: 風凛
第一章
8/50

1-8 夜のドライブ 2

 走り出した車は確かにとても静かだった。


 車窓から見える荒廃した砂漠景色は昨日と変わらないが、前回と違うのは相手に声が届くこと。お互いにいろいろなことを話す時間ができたのだ。


「やっとチホさんとゆっくりお話しできますね! いろんなことが一気に起こって大変でしたよね。私もはじめはチホさんと同じように混乱しました……」


 この言葉に私ははっとする。アヤちゃんも私のように、ある日突然『お前は普通の人間じゃない』と言われた経験があるのだ。


「そっか……。やっぱり誰でもそうなりますよね」


 お互いに困ったような顔を見合わせる。すぐにニコッと笑ったアヤちゃんは、私が変に旅のこと思い出さなくていいようにと自分の話をしようと言ってくれた。


「実は私、チホさんと真逆で、皆さんに見つけてもらうまではずっとずっと、身を潜めてたんです。戦争中使用されていた車両の中でずっと」

「ずっと、というのは……」


 アヤちゃんはまっすぐと進行方向を見ながら、でも少しはにかむように答えた。


「戦争終わってから、見つけてもらうまでだから四年くらいでしょうか。正確な期間はわからないです」

「四年……」


 四年もじっとしていることなんて私には想像ができなかった。アヤちゃんの言った通り、私とは真逆と言っていいだろう。


 車は相変わらず静かに砂漠を進んでいたが、どうやらお目当ての動物は見つからないらしい。


「今日もいない……。車、しばらく停めてお話の続きでもしましょうか」


 そう言ってアヤちゃんは夜の砂漠の真ん中に車を停めた。少し開いた車の窓から優しく吹き込む風が二人を撫でる。ぽつりと話始めるアヤちゃん。


「……雨が、降ったんです」

「雨?」


 雨というものが、空から降ってくる水滴のことを指すことは知ってはいるが、今まで旅をしてきた中では一度も出会ったことがない。そもそも『雨』というものが実在するのかも知らなかった。


「そもそも雨って、異常気象のせいでもう二度と降らないものとして考えられていたんです。それがなぜか降ってきたんです、戦争中に。私はその時一人、車の中で待機していました」


 なるほど、私が雨を見たことがないのはその異常気象のせいか。


 アヤちゃんは膝を抱えて、運転席で丸くなる。少しくぐもった声で彼女は続けた。


「ものすごい量の水が空から降ってきて、車を打つ雨の音しか聞こえなくなって……。雨がやんだらそこからはもう、人の声も、銃撃音も、しなくなってて。後から気づいたんですが、たぶんその辺りで戦争が終わったんだと思うんです。けど、リンさんもケイさんも雨が降ったことなんて覚えていないっておっしゃっていて……。リンさんには『貴重な記憶だよ!』と言われましたが、もしかしたらただの白昼夢だったのかもしれません」


 絶対に起こるはずのない気象の記憶。確かに信じがたいものではあるな、と思った。


「そこからはずっと何をするでもなく、車の中から動きませんでした。どちらかと言うと、動けなかったんです。たぶん、上の命令なしでは何をするべきかもわからなくて動けなかったんだと思います。そのうち、時間とともに自分が《ハーフ》だってことも忘れていって……。今思うとよくあれだけ長い間じっとしていたなと思いますけどね」


 そこまで話して、アヤちゃんはうーんと伸びをした。


「だからまあ、今私が覚えている、思い出せているのは今お話ししたことと、私が戦争中に運転・運搬士の《ハーフ》として活動してたことくらいですね。だから私、丸一日運転しても全然平気なんですよー、得意分野ですので」

「あ、なるほど……」


 私と出会ってすぐ、私が寝ている間もアヤちゃんが休まずに運転し続けられたのは、彼女が《ハーフ》だからだったのだ。私には一日中寝ないで何かをし続けることは絶対にできないだろうから、それが彼女の《ハーフ》として秀でた能力の一つなのだろう。


 少し納得してから、私は一つの疑問をアヤちゃんに投げかける。


「その雨のことは、あの包丁……で思い出そうとは思わなかったんですか?」


 するとアヤちゃんは伸ばしていた腕を下ろして体の前で組み、顔を少ししかめた。


「なんか、ケイさんに止められたんですよね、私は《ハーフ》としての自覚を取り戻すのがかなりスムーズだったから自力で思い出せるだろうって。その時に雨についての記憶もそこまで気にしなくていい、なんて言われちゃいました。戦争自体の記憶ではないとはいえ、気になるから私も使いたいんですけどね、ちょっと形状はあれですけど……」


 そう言ってアヤちゃんは前髪の下にある額を指でなぞった。きっと私にもあった、横に伸びる隙間を触っているのだろう。


「《ハーフ》としての自覚……。《ハーフ》……嘘じゃないんだな……」


 アヤちゃんには聞こえないくらいの小さな声で、私は独り言をつぶやいた。


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