1-5 旅の目的
「ま、これ使うのはチホちゃんの許可取ってからだけどね、もちろん」
と手に持った刃物を振り回しながら言うリンさん。本当に危ないからやめてほしいのだが、手が滑って何かあったらどうするんだろう。
許可を取るのは当たり前だ、とは思いつつも一方的に話が進んでいて不安になっていたのは事実だった。痛そうという前に命に関わるであろうものを使うのだから。
ずいずいとこちらに顔を寄せて、目を輝かせてリンさんは私に尋ねた。
「ね、ね、使ってみない? 思い出すかもよ、旅の目的も戦争のことも――」
「嫌です」
きっぱりと断った私にリンさんは何かを懇願するように私の腕を掴んだ。
「ちょちょちょ、早い早い! もうちょっと考えてくれていいのに……!」
さっきからリンさんは興奮している。本当に私の中にあるかもしれない戦争の記憶が欲しいのか、もしくは失礼だが彼女が私に包丁を刺したい精神異常者だからなのか。
「だって頭に刺すって、普通に考えてやばいですよ? あのー、一応初対面ですよ? しかもそんなことしたら痛いどころの騒ぎじゃ――」
「痛みに関しては心配しなくていい。僕たち《ハーフ》は、手、指先、足裏とかの刺激は感じるけど、その他は痛みを感じないようになってる」
淡々と教えてくれたのはマルさん。そんな都合のいいように人の体はいじれるものなのかと思うとため息が出る。そっと手を挙げたケイさんも賛同の意を唱える。
「俺も試した……というか無理やり試されたけど、全く痛みはなかったよ。違和感はものすごかったけど」
今リンさんが手にしてる包丁を誰かに刺しているところを想像するだけでも恐ろしい。一人が大丈夫とは言っても、自分が《ハーフ》であることもまだよく呑み込めていないし、刃物を頭に突き刺しても痛みを感じない体質になっていると言った非常識なことも簡単に納得できるわけがない。
「それでも嫌です」
「チホちゃん……」
リンさんは先ほどまでの高揚感をどこかに消し、静かに私の名前を呼んだ。
「自己紹介したときも言いましたけど、私は今まで続けてきた旅を止めることはできないんです。私自身、戦争について全く覚えていないし、思い出そうとも思わないのでそんなよくわからない方法を試したいとは思えません。ごめんなさい。……そろそろ旅に戻らないと。皆さんとお会いできて嬉しかったです」
そう言って立ち上がり、外へと繋がる扉に歩き出した。せっかく出会えた人たちだったのに、こんな形でお別れするのは残念でならない。しかし私にはここで無意味に立ち止まっている暇はないのだ、仕方がない。
そう自分に言い聞かせながらドアノブに手をかけたとき、誰かに肩を叩かれた。リンさんだった。その後ろには複雑そうな顔をしたアヤちゃんも立っている。
「しつこいですよ、リンさ――」
「チホちゃんお願い、これだけ聞かせて。この質問に答えてくれたら、私たちのことは放って出てってくれて構わないから」
本当にしつこくてうんざりするが、これだけと言っているのだから答えてさっさと出ていこう。私は短く息を吐き、目線を上げた。
「わかりました。なんですか?」
「チホちゃんは、何のために旅をしてるの?」
どうしてそんなことを聞くのだろう。私が何のためにこの世界を歩こうがこの人たちには関係ないだろうに。
「何のためにって、それは――」
それは、
「あ、れ?」
それ……は、
ザーッと不快な音が頭の中から聞こえる。それが何の音なのかはわからない。
「私は……を探して――」
なに、を?
思考をかき乱すようなノイズが止まらない。うるさい……うるさい……!!
呼吸が乱れる。頭がくらくらする。今の状況が、自分がどうしてしまったのかもうまく考えられない。
この数年間、ずっとなにを探していた? 物? 人? それとも別の何か?
「な、んで……?!」
ふらふらとした足で後ずさると、扉が背中に当たった。手がひとりでに動き、ドアノブを探す。ガチャガチャとドアノブを回すが扉は開かない。
息が上がり、体が戦慄く。地面がぐにゃりと歪んだような感覚に陥る。視界にも異常が現れ、周りの景色が見えなくなっていく。
思い出せない……、なんで、どうして……?!
こわい――――!
「チホちゃん!!」