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終焉の零れ子たち  作者: 風凛
第五章
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5-2 成長とスランプ

 どさっと倒れる音とともに砂が舞い上がる。昨日までならばそれは訓練中に私が転倒した音だったが、今日砂漠を背に空を見上げているのはケイさんだった。


「参ったー! ついにチーちゃんにぶっ倒されちゃったよ、恐ろしや……」

「そんなつもりじゃ……! ぶっ倒せってケイさんが言ってたんじゃないですか!」


 焦る私にごめんごめんと笑うケイさんは四肢を大の字に伸ばした。


「違うんだ、怖いのはチーちゃんの上達スピードだよ。まさかこんな短期間で俺が砂漠に寝転ぶことになろうとは……」

「そりゃあもうスパルタですからケイさん……」


 鉄パイプを持ったケイさんから逃げ回ったあの日から、私は正しい戦い方を習得するべく毎日訓練に励んだ。それはひたすらケイさんから逃げるところから始まり、体の使い方、相手の不意の打ち方、そこらに転がっている廃材などを武器として戦う方法など、多岐にわたった。


 長時間、何度も繰り返し練習するというスタイルの指導をするケイさんを「スパルタ」と言った私に反論するべく体を起こしたケイさんはある人物を指で差して言った。


「それを言うなら俺じゃないでしょー?」


 そう言ったケイさんに指を差されたのはマルさんだ。びしっと向けられた指にも彼は相変わらず表情を変えることはない。


「マルも毎日ずっと『全然動けてない』って指摘してたし、十分なスパルタだよ」

「……僕は事実を言ってるだけ。動きが良くなってないわけではないけど、まだ迎えに行ったあの日のようにはなってないから」


 マルさんは唯一、赤色に呑まれて暴れまわる私を見ていた人物だ。その時の私の動きと訓練中の動きの差を幾度となく指摘してくれていたのだが……


「それは無理な話なのよ、マル」


 マルさんの発言はリンさんによって否定される。弄んでいた砂をぽいと宙に投げ、マルさんのもとへ近づいてその理由を口にした。


「あれはチホちゃんであってチホちゃんじゃないの。マルが見たっていうその動きは今のチホちゃんにはできないよ」


 赤色を見たときの私は私ではない、とリンさんは私が帰ってきた日から何度か言った。それはあの日私がアヤちゃんにしてしまったことを自責させないためでもあるが、タカハシと出会ったときの私の行動から考えてのものでもあると言う。


 私の中に何かトラウマのような強烈な記憶があり、そのフラッシュバックが赤色を引き金に起こる。そしてその記憶に基づいた行動を起こしてしまっている。それがリンさんの予想だった。


「マルが見たチホちゃんは何年も前のチホちゃんなんじゃないかな、旅を始めるよりずっと前の。だから無理に同じようになる必要はないよ。ま、強くなるに越したことはないんだろうけどね」


 ぱちんとウィンクをしてみせたリンさんに私は頷いた。私がアヤちゃんにしてしまったこと、そして意思に反して暴れてしまったことへの引け目が大きくならないよう、リンさんはいつも言葉をかけてくれた。


 私も何か不安や悩みを感じればすぐに話すよう心がけた。四人は必ずそれを受け止め、ともに悩み、解決へ導いてくれ、「一人で悩まない」「人に頼る」ことを体験し、実感していた。


 ふうと息を吐いた私は少し離れた場所に座ったままのケイさんに近づいた。今まで彼がしてくれたように、今度は立ち上がるための手を貸すためだ。


「ありがと、チーちゃん」


 私の手を掴んだケイさんを引っ張り起こすと彼はぱっぱと衣服についた砂を払う。そんな彼の上着の襟が裏返しになっていることに気づいた私は口を開いた。


「ケイさん、ジャケットの襟が――」


 そう言って手を伸ばすとそこに施された刺繍が指に触れた。そこに縫われた数字を読み上げる。


「017……」

「ああ、うん、これが俺のコード。チーちゃんとマルの以外は誰も知らないんだっけ」

 

 マルさんの記憶を見たときに知ったコードについても全員に共有した。各々で襟をめくって確認はしたが、すぐに話が別の話題に移って互いに見せ合う機会が今日までなく、マルさん以外の番号を知るのはこれが初めてだった。


「チホさんほどではないですけど、ケイさんも早い番号なんですね。私は054でした」

「私は065だよ」


 二人も揃って襟をめくって見せる。


「もしこの番号が《ハーフ》になった順ならさ、チーちゃんは最初の《ハーフ》なのかなぁ。額の隙間の件でチーちゃんは古い《ハーフ》だってリンも言ってたし」

「じゃあマルは4103人目の《ハーフ》ってこと?」


 リンさんはマルさんの襟をめくりながらそう呟いたが、その数字を襟に持つ少年はゆっくりと頭を振った。


「そんなにいない。4000番台は《クォーター》の証」

「なるほど、1/4の4かぁ。教えてくれてありがとう、マル」


 マルさんの襟を元に戻したリンさんは満足そうに笑った。そして軽やかなスキップで私とケイさんのところまで近づいてきた。


「一度出て行ったチホちゃんは酷い目にあったと思うけど、新しい情報も持って帰ってきたよね。ナイフで記憶を起こしたときにチホちゃんは『大したこと思い出せなかった』って落ち込んでたけど、それを払拭する量の新情報だよ!」


 アヤちゃんがこれを聞き、私が持ち帰った情報を指を折りながら数える。


「生きている人間、犬の存在と脅威、まだ出会ったことのない《ハーフ》の生き残りに《クォーター》……マルさんについて、それにコードについて……」

「コードについては灯台下暗しだったよな、襟に書いてあるなんて今まで誰も気づかなかったし。俺はこの数字を見ただけでいろんな人の声で呼ばれてる場面を思い出したよ、その内容もちょいちょい今までに思い出せなかったことを含んでたりそうじゃなかったり……」


 何かを思い返すように目線を宙に浮かべるケイさん。そんな彼にそういうことは早く教えなさいよと噛みついたリンさんだったが、すぐに顔に浮かべる表情をにこやかな笑顔に戻した。


「ま、ケイもこう言ってるし、得た情報がトリガーになって何か他のことも思い出せるよ! 早く旅の目的を思い出せたらいいね、チホちゃん」

「はい、ありがとうございます」


 四人との距離も縮まり、まだ見ぬ過去の記憶への鍵も集まり、これ以上になく幸先よく感じたのだが――





 数日たったある日の午後。


「何も……思い出せないッ!」

「うわっ!」


 叫び声とともに繰り出した回し蹴りがケイさんの胴にヒットし、ケイさんの体は砂の上を転がっていった。今までに無いほどに遠くまでケイさんが転がっていってしまい私は慌てて謝る。


「わー! すみませんケイさん!」

「はは、いいのいいの、訓練なんだから。ほんとうまく戦えるようになったね」


 よっ、と勢いをつけて立ち上がったケイさんはすぐに私の元に戻ってきた。


「それで、『思い出せない』って? いつもより動きが荒いのもそれのせい?」

「ええとですね……」


 思考が動きにまで出ていたことにどこか恥ずかしさを覚えながら私は弁明を口にする。


「全然思い出せないんです……戦争の時のことも、旅のことも何も。ケイさんはコードからいろいろな会話を思い出してましたよね、でもそういうのが一切なくて」

「あー……、スランプだね」


 腕を組んで俯き、行き詰っている私を見て、ケイさんは頭の後ろで手を組んで空を仰いだ。


「チーちゃんの記憶は頑固だよね、なかなか思い出させてくれなくてさ。……そうだな、そういう時は一回違う視点から考えてみるのがいいんじゃない?」


 ケイさんはそう言って砂漠に寝転んだ。隣を手で叩いて促す彼に倣い、私も砂に背を預けるように寝る。


「どう、ちょっと視点変った? 物理的に」

「ふふ、そっちですか?」


 思考的な面かと思っていた私は少し笑った。見上げる空は今日もモノクロで、爽やかな青色の面影はひとかけらもない。


 ゴーグルの修理は終わっているものの、目の方が修理パーツ不足で直せず、まだ色を見ることができない。色を見ていたときの気分が多少は思い出せるかと思いゴーグルを首にかけているが、今やただのファッションと化している。


 そういえば、と思い出す。あの日私は青空の下あの男に出会ったのか。彼は今も何かに必要だという部品を探し求めているのだろうか。その横にいた少年や犬は……


「あ、れ?」


 私の左手を刺したあの少年……それにあの男のはためく白衣……


「もしかして……!?」

「お、お? 何か思い出せた?」


 がばっと起き上がった私を嬉しそうに見上げたケイさんだったが、次に私が口にした言葉ですぐに目を点にした。


「私、またあの男に……タカハシに会いに行かないといけないみたいです」

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