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終焉の零れ子たち  作者: 風凛
第三章
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3-8 お母さん

「これ、今日の配給? チホがもう取りに行ってくれてたんだね! ありがとう、助かるよ」


  見たことの無い女性が目の前に立っていた。誰だろう。女性は私を見下ろし、頭をくしゃくしゃと撫でてくる。私はその女性を見上げ、大きく頷いた。


「もちろんだよお母さん! お母さん、いそがしそうだったから……」


 私の言葉を聞いて目を丸くした『お母さん』だったが、すぐに優しい笑顔に戻った。


「忙しくなんかはないよ。ただのご近所さんとのお話だったからね」

「で、でも……」


 と私は『お母さん』に言い返す。


「でもお母さん、あれはご近所さんじゃなくて、軍人さんとのお話だったでしょ……?」


 今度こそ『お母さん』は驚いて、目を見開き、手で口を覆ってしまった。何か良くないことを言ってしまったのかと私はオロオロする。


「ご、ごめんなさい! 私なにか、悪いこと言っちゃった……? あ、もちろん『お話』の内容は聞いてないから! ほかの人との話を聞くのはよくないってお母さんに教えてもらってたもん……」


 慌てた私を見て、顔に浮かべていた驚きを胸の内に収めた『お母さん』は私をぎゅっと抱きしめた。


「そうよね、私があなたを育てたんだもの。私とあの人の娘だもの。周りを見る力、感じる力が強いのは当たり前よね」


 離した手を私の肩に置いた『お母さん』は、私と目を合わせてこう言った。


「大丈夫、チホはいいことしかしてない。お母さんはね、チホがいい子すぎてびっくりしちゃったのよ。お手伝いしてくれて、ありがとう」


 私の額にキスをして、『お母さん』は私からパッと手を離した。その手はすぐに私の脇腹をとらえる。


「とってもいい子の、私の娘ーー!」

「キャーー!! アハハハ!!」


 強烈なくすぐり攻撃を受け悲鳴をあげながらドタバタと『お母さん』から逃げ回った。しばらくぐるぐるとその場を走った私たちだったが、再びぎゅっと抱き合う。そして『お母さん』は耳元でささやいた。


「「……チホ。よく頑張ったね」」


 突如、声がブレた。正確には同じ声が重なって聞こえたのだ。驚いて思わず『お母さん』から離れると、突如辺りが闇に包まれた。暗闇の中で、ブレたままの『お母さん』の声が響く。


「「おかえり」」


 その言葉とは対照的に、とても寂しそうな声で――



 *



「ん……」


 ふ、と両目を開いた。目は暗闇ではなく、ぼんやりと明るい空間を映す。


「夢……か……」


 ゴーグルをしていないので何も見えない。傷が入った右目をつむれば見えるようになるのに、なぜかそれが億劫に感じた私はしばらく霞んだ天井をぼーっと眺め続けた。そして夢の中で呼んだ言葉を口に出してみる。


「お母さん……」

「ん? お母さん?」


 私が横たわるベッドのすぐそばから声がした。部屋に一人きりだと思っていた私は驚いて、ばっと声のした方に顔を向ける。見えない両目を凝らしたが、声で誰がいるのかは分かった。


「リンさんですよね……?」

「あ、ごめんごめん! 見えてないんだから、そりゃびっくりするよね」

「ぎゃ!?」


 急に目元にゴーグルを押し付けられ、思わず目をつむる。


「はい、これで見えるよ。おはようー、チホちゃん」


 恐る恐る目を開くとリンさんがにこにことした笑顔で私をのぞき込んでいた。ゴーグルのおかげで視界ははっきりとしている。


「おはようございます。私が起きる前からいたんですか?」


 体を起こしながら聞いた私に、リンさんはゴーグルを指で指して答えた。


「うん、私が昨日ゴーグル持ったままだったから、起きた時見えなかったら不便だろうなと思ってね。それよりも何か言ってなかった? なんだっけ……、『お母さん』だっけ?」


 興味津々だという顔で聞いてくるリンさんに私はブンブンと首を振った。


「あ、いや特に深い意味とかはないんです。なんか夢の中でたくさん呼んだんです、お母さんって……」

「へぇ、お母さんか……」


 ベッドのそばにある椅子に座って、リンさんは天井を仰いだ。


「全然気にしてなかったけど、そういえば私、お母さんって覚えてないなぁ。あ、あとお父さんも。チホちゃんは覚えてるの?」


 私はもう一度、首を横に振る。


「私も覚えてないです。そもそもお母さんもお父さんも、そういう存在を忘れてました。それに夢の中で何度も呼んだのに顔はぼんやりとしててよく見えなくて……」

「そっかー……」


 リンさんは人差し指をとんとんと顎に当てて、何か考えを巡らせているように見えた。しばらくして、私がもう一度小さくあくびをしたときにリンさんはガタっと椅子を鳴らして立ち上がった。


「よし! チホちゃん、今日はお母さんやお父さんについて話そう!」

「えっ、私もリンさんも覚えてなかったのにですか?」

「チホちゃんは夢で見たことお話ししてくれればいいし、他の誰かが自分のお母さんやお父さんのこと覚えてたり思い出したりするかもしれないでしょ? せっかくきっかけがあるんだから、昔話してみよう?」


 いつもと変わらず楽しそうな笑顔をしたリンさんにどこか気圧されながら私はいつもと変わらず首肯するのだった。


「わ、わかりました……」



 *



 今日のメインはお母さんとお父さんについてになったが、何はともあれ朝の充電は必須らしい。外に出て、地平線から昇ったばかり太陽の方を向いて地に座る4人と車椅子の私。


「──で、お母さんとお父さんの話をしようって?」

「うん、テーマがあっていいでしょ? 一日ぼーっと過ごしてた今までよりは!」


 自慢げな顔をしたリンさんに軽く体を引いたケイさんは、隣にいる私に耳打ちするように聞いてきた。


「リン、また急に言い出したんでしょ? お母さんとお父さんの話しようー! って。チーちゃんがリンの思いつきに振り回されてて本当に気の毒でならないよ……」


 ケイさんを背後からじとっと見つめるリンさんが視界に入り、私は慌てて頭を振った。


「い、いや、今回は私が昨日見た夢がもとで……、あ、ケイさん後ろ──」

「でっ」


 ぱちん、という音を鳴らしてリンさんが指でケイさんの頭を弾いた。


「なんでケイはすぐそうやって私を悪者みたいにするの? これはチホちゃんの旅の記憶を戻す試験的なものでもあるんだから!」

「へぇ……。いや、リンもなんですぐそうやってどつくの?! 痛くはないけど!」


 そう言ったケイさんのこめかみ辺りを小突き続けながらリンさんは話すのを再開した。


「脳は見たこともないものを夢には見せないんだよ。まあ想像したことあるものも見せたりはするけど……。夢ってのは記憶の整理だからね」

「無視……?! って小突くのやめろ、あたま揺れる揺れる」

「その理論で行くなら、チホさんが夢で見た内容は過去の記憶……ってことになりませんか……?!」

「アヤちゃんも無視……?」


 リンさんはケイさんを小突く手をようやく止め、アヤちゃんの肩をポン、と叩いた。


「その通りだよアヤちゃん、よくわかったね! くぅっ、本当アヤちゃんは成長したよね。私たちと会ってすぐはケイに負けないくらいすっとこどっこいなこと言ってたのに……。私は感動してるよ……」

「あーあー、やーめーてーくーださーい……。恥ずかしいんで思い出したくないんですーー……」


 私には『すっとこどっこいなアヤちゃん』は少し……想像しにくいな……。アヤちゃんの方を見ると、耳を両手で塞いで顔を振っていた。そんなアヤちゃんをクスクスと笑ってから、リンさんはこちらを向いた。


「てなわけで、今日はチホちゃんの見た夢をベースに話していこうと思うんだ。誰か自分の両親のこと、覚えてるなら教えてよー! チホちゃんも私も全然忘れてて――」

「いない」


 全員が、声がした方を振り返った。ケイさんが驚きの声を上げる。


「え? 今のって、マル?」


 アヤちゃんの向こう、一番端に座っていたマルさんが口を開いた。ついさっきまではうつらうつらとしていたのに、もう一度ハッキリとした口調で断言した。


「いない。お母さんもお父さんも、僕にはいない」

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