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終焉の零れ子たち  作者: 風凛
第二章
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2-6 そうこなくっちゃ

 リンさんは私たちのいる部屋から一番遠い、外へとつながる扉に一番近い部屋にいた。ニマニマしながらベッドの横にある椅子に座って、ナイフを振り回している。どうしてこの人はこんなにナイフを振り回すんだろう……。


「ようこそー。ここ、一応来客用の部屋なんだよ、全くお客さんなんてないけどね」

「そうでしょうね、こんな世界なら……」


 昨晩アヤちゃんが客室のベッドは工具でいっぱいだと言っていたが、今目の前のベッドには何も乗っていない。さっきまで準備をしながら必死に片づけていたのだろうかと思うと面白いような、申し訳がないような。


 白いシーツのかけられたベッドを見つめていた私にリンさんが声をかけた。


「旅をやめてここに残る気になったら、ここはチホちゃんの部屋にしてもいいなー、なんて思ってるんだけど、どう?」

「え? あ、いや……目的思い出したら旅に戻るんで……」

「ふふ、だよねー、ごめんごめん」


 そんなことを言いながらベッドをポンポンと叩いたリンさんが私に手招きをする。


「はいっ、じゃあここに仰向けで寝転んでー」

「あれ、俺が試した時は椅子に座ってやったじゃん」


 不思議そうに尋ねるケイさんにリンさんは説明した。


「寝た方が体を支えること考えなくていいし、リラックスできるからいいかなーって。前あんたがやった時、座ってたはずなのに途中で転けたじゃん」


 椅子に座っていたのに転けるとは一体……。そんな私の思考を読んだかのように、ケイさんは言い訳と、私への念押しをした。


「あれは思い出してる記憶と現実がごちゃごちゃになって、いきなり立ったらよろけて転けたんだよ! 椅子にも座ってられない馬鹿だとかそんなんじゃないからね?!」


 そうですよね、と自分でもよくわからない相槌をケイさんに打ちながら私はベッドに寝転んだ。それを見て頷いたリンさんはナイフを片手にこれからの手順を説明し始めた。


「ま、特に難しいことはないよー。私たちと同じように額にスキマがあるはずだから、私がそこにコレを刺す。その後からはチホちゃんの集中力にかかってまーす、頑張ってね?」

「え、頑張らないとだめなんですか?! 難しいことないって言ったばっかりですよね?」


 思わず体を起こした私を落ち着かせるようにケイさんが説明を引き継ぐ。


「大丈夫、ただこいつがチーちゃんからかって遊んでるだけだから。チーちゃんは目を閉じて、最近の思い出から過去に遡っていくイメージしてればいいよ。勝手に思い出せるはずだから」

「そういうことー。思い出したことはこのナイフの柄の部分に記録されるけど、一つ一つ口頭でも言ってくれると嬉しいな、私たちも早く知りたいからさっ」


 新しい戦争の記憶が手に入れられるのがよほど嬉しいのか、リンさんは楽しそうにそわそわと体をゆすっている。私の心中と全く対照的なその態度に複雑な思いを抱きながらどうにか返事をする。


「わ、わかりました、ちゃんと実況します……」


  サクサクと手順説明が進んでいく一方、少しずつ不安と期待が入り混じって大きくなってゆくのを感じる。ナイフは本当に私に害はないのだろうか。そしてここまで完璧に忘れてしまっている旅の目的も、戦争の記憶も思い出せるだろうか。


 自覚なく砂漠をただ彷徨い歩いてきた私に舞い降りた二度とないチャンス。数年間ずっと歩いてきたことを意味のあるものにするためにしっかり目的を思い出さなければ。


 そんな落ち着かない私の胸中を察したのか、三人がそれぞれに言葉をかけてくれた。


「みんなで見守ってるから大丈夫だよ、チーちゃん。経験者の俺もいるしさ。俺はこれのせいですっごい嫌なこと思い出したけど、今もピンピンしてるでしょ?」

「ちょっと、なんで不安にさせるようなこと教えるの?! 大丈夫だよ、開発者の私がいるんだから万が一何かあったらすぐに対応するからね!」

「その万が一って言葉の方が不安にさせるだろ……」


 呆れ顔でそう言ったケイさんの眉間にリンさんからのデコピンが弾ける。それを見て笑いそうになるのを堪えたアヤちゃんは私の手を握ると優しく微笑んだ。


「私もいますからね! チホさんの昔のお話楽しみにしてます!」


 アヤちゃんの向こうにいるマルさんも何をいう訳でもないがこちらをじっと見ていた。一通り全員から安心できるような、はたまた不安になるようなエールをもらったところで、


「じゃ、始めよっか!」


 とリンさんが言った。





「よし、じゃあちょっと前髪失礼しまーす」


 私の顔にリンさんの手が近づいてくる。反射的に目をつむった私だったが、リンさんの「あれ?」という声ですぐ目を開く。


 私の前髪を上げたリンさんは、何やら私の額をじーっと見つめている。


「ど、どうかしましたか?」

「んー? なんかね、私やケイと違う場所にスキマがあるんだ。私たちのは生え際の真ん中辺りなんだけど、チホちゃんのはもっと上の右寄りにあるんだよね」


 すーっと額の右上、前髪の生え際付近なぞられる。少しくすぐったい。


「場所が違ったらなにかあるのか?」


 私の代わりにケイさんが質問をしてくれた。


「ま、スキマの幅は同じだし、全然大丈夫だよ。たぶんチホちゃんは私たちと違う時期に《ハーフ》になったんだろうねー」

「なんでそんなことわかるんですか?」


 アヤちゃんが尋ねるとリンさんは嬉しそうに声を弾ませて答えた。


「ふふ、いいこと聞いてくれたね、アヤちゃん。最近ちょーっと遠出して散歩したら本を見つけてね、その本で読んだんだ。あとで見せてあげるね」

「すごい、本なんてめったに手に入らないのに! 早く読みたいです!」


 緊張している私を他所に、なにやら盛り上がっている。


「あのー、まだですか……」

「あっごめんごめん、すぐ始めるから」


 そう返事したリンさんはギラリと光る刃の先端をこちらに向け、やたらと大振りに振りかぶった。


「わあああ!? ちょっと待って!!」

「どっち」


 大声を上げた私はマルさんに突っ込まれた。冗談冗談と笑うリンさんに私は少し膨れた。


「ちょっとふざけちゃったけど、痛みに関しては本当に大丈夫だよ、チホちゃん。私が自分の額にぶっ刺してたの見たでしょ? 私たちの痛覚は働かないし、ナイフもスキマに入れるだけだから言っちゃえば耳の穴に指突っ込むのと同じ! 怖くないよ!」

「ええ……」


 リンさんの例えに困惑してしまったが、いつまでもこうしていられないので意を決した。


「じ、じゃああの、お願いします……?」


 意を決したにしてはなんだか弱々しい私の言葉に、待ってましたとばかりにリンさんは笑った。


「そうこなくっちゃ。旅に戻らなきゃだもんね、チホちゃん」


 そう言って、リンさんはナイフを私の額にゆっくりと差し込み始めた。

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