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終焉の零れ子たち  作者: 風凛
第二章
12/50

2-2 覚えていること

 人の頭に刃物が刺さっているという恐ろしい光景に私は思わず酷い声を出してしまった。


「ひぃあ! そそそ、その包丁ほんとに刺して使うんですね?!」

「当たり前よー! なんでそんなに疑うの? あとなんか包丁ってダサいから、できればナイフって言ってほしいなー」


 リンさんは自ら刺した包丁を引っこ抜いてケラケラと笑った。そんな彼女に苦笑いをしたのは私だけではなかったが、リンさんはそれにも気づかないようだった。


「で、どうする? 使ってみる?」

「……い、いやぁ……」


 形が形、方法が方法なので二つ返事で「試しまーす」とはなんとなく言えない。


「ね、チーちゃんはなんでその包丁試してみるの渋ってんの?」


 ケイさんが私に聞いてきた。リンさんが『包丁』という単語を聞いてケイさんをにらむ。


「え、それは普通に考えて包ちょ……ナイフを頭に刺すって……あと……形がなんか嫌です……嫌じゃないですか……?」

「うん、嫌だよ、わかる。おいリン、手振り上げるなよ悪かったって……。そっかー。じゃあチーちゃんは包ち……ナイフがどういう用途で使われる道具なのかは覚えてるってこと?」


 なぜそんなことを聞くのかと思ったが、真面目な顔をして聞かれた手前答えるしかない。


「そりゃ知ってますよ、包丁でもナイフでも……」

「でも包丁なんて今どき見かけないし使わないでしょ? 戦争のことは全然覚えてないのにそんなの覚えてるんだなー、って思って」

「あれ……ほんとだ……」


 包丁もナイフも本来は何かを切るものだ。人の頭ではなく食べ物を。食べ物……


「食べ物を切るんですよね? 食べ物? 食べ物って言っても具体的には何も思いつかないですけど……」

「ふーん? なんか戦争とか旅の目的以外にも忘れてることありそうだね」


 この言葉を聞いて手を叩いたのはリンさん。ケイさんのように私に質問を投げかけてきた。


「そういえばチホちゃん、自己紹介の勝手がわかってなさそうだったよね。それも同じ感じ?」

「ええと、『自己紹介』って言葉に関しては、意味はわかるけど勝手は分からなかったって感じでしたね……」


 その後しばらくの間、誰もが包丁(ナイフ)のことは忘れて、私が何を覚えているかをハッキリさせるための質問合戦が続いた。


 結局私が覚えているのは戦争以前のものだらけだったようだった。しかし言葉の意味や存在がわかっても、実際そのものを想像することができないものもあった。例えば、


「じゃあ掃除機は?」

「わ、わかりますよ、掃除する機械でしょ……全く形は思い出せないですけど……」

「ほうきは?」

「ほうきはわかりますよ。なんかこう、毛? がついてる掃除するやつですよね?」

「ああそうそう……、ん? あれって毛っていうのか?」


 という具合に。


 日が落ち始めて暗くなるまで質問は重ねに重ねられた。静かにそれを聞いていたはずのマルさんは飽きてしまったのか、椅子に腰かけたままスヤスヤと眠っている。ケイさんも疲れてきたのか段々と静かになっていく一方、リンさんは勢いを増して大量の質問を私に投げ続けて楽しんでいた。


 そしてあるタイミングでついにケイさんが弱音を吐いた。


「もう俺疲れた……」

「何言ってるんですかケイさん聞いてるだけなのに……。答えてる私が一番疲れますよ……」

「私はいけるよ! まだまだ行くよチホちゃん!!」


 同時にテーブルに突っ伏したケイさんと私だったが、リンさんはまだまだ元気そうだった。そんなやり取りを見てかアヤちゃんが助け舟を出す。


「リンさん、ちょっと休憩しませんか? チホさんもぐったりしてますよ」

「なんでそんなにリンさんは元気なんですか……」


 私の質問に目をぱちくりとさせるリンさん。


「なんでって……」


 リンさんは腕を組み、私を覗き込んで答えた。


「この覚えてる、覚えてないの法則がわかれば、チホちゃんが気乗りしないコレを使わないで、旅の目的も、戦争のことも思い出せるかもしれないでしょ? 私たちも新しい情報ゲットできるかもだし、ウィンウィンじゃん」


 てっきりリンさんの好奇心で質問攻めにされていると思っていた私は思わずきょとんとしてしまった。それを見たリンさんはニヤリとして、完全に私の頭の中から存在を消していたナイフを私の目の前にずい、と突き出した。私はそれに驚き、体を引きすぎて椅子から転げ落ちてしまった。

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