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終焉の零れ子たち  作者: 風凛
第一章
10/50

1-10 夜のドライブ 4

 どれくらい時間が経ったのだろう。ようやく顔を上げたアヤちゃんは何か言おうとしては口を閉じるを繰り返していた。私はアヤちゃんが話し始めるまでは何も言わないでおこうと、なんとなく思った。


 深呼吸をするように長く息を吐いて、アヤちゃんは私から離れ自分の座席に座りなおした。そして口を開いた。


「初めてだったんです。自分から何かをして『ありがとう』って言われたのが、初めてだったんです。リンさんもケイさんも……、マルさんも、皆さんすごく優しくしてくださるんですけど、どこか甘やかされているというか、全部受け身なんです。でもチホさんにもらったありがとうは、私にも何かできるんだなって、きっとそう思えたんです。すごく嬉しくって……」


 アヤちゃんが懸命に言葉を紡いでいるのが分かった。私が初めて『共感』を自覚した時のように、アヤちゃんは自身の中で生まれた感情を順序を追って口にし、整理し、私に伝えようとしてくれている。


「でもそれでさっき私、こんな素敵な気持ちを教えてくれたチホさんとずっと一緒にいたいって思ってしまって……。『ずっと一緒にいて欲しい』って言いそうになったんです。チホさんは今すぐにでも旅に戻りたいと思ってらっしゃるはずなのに、本当に失礼ですよね……」


 そう言った後にアヤちゃんはハッとして「ごめんなさい!!」と叫んだ。私の体を心配してくれたのだろう。旅について触れたことで、また何か異常が起きてはいけない、と思ってくれたのだ。


 特段体の調子がおかしくなったりもしなかったので大丈夫と伝えながら、私はアヤちゃんが打ち明けてくれたことに対してどう返事をしたらいいのかを考えていた。


 確かに、私は旅に戻りたいと思っている。おかしくなった時のような狂気じみた強さではないが、私の中に存在している。たとえこの思いがリンさんの言う「執着」であっても、私がそう強く思っているのは確かだ。今アヤちゃんと話していることや、アヤちゃんを含む四人を無視して旅に戻らない理由は、あのとき取り乱した原因が分からないことやその時に生じたおかしな症状への不安、旅の目的が分からないことに気づいてしまったから……ただそれだけである。


 全てが解決されればすぐにでも旅に戻りたい、という気持ちは強い。でも……


 初めて出会った日の、アヤちゃんの嬉しそうな顔。おかしくなってしまった私に『共感』を示し、落ち着かせてくれた声と、彼女の背に腕を回した時の体温。このドライブに誘ってくれたときの、楽しそうな表情。これまでより静かな声で過去の自分を語るその目……


 思い出すと、アヤちゃんといることが無駄なことだとは、なぜか、思えなかった。


「アヤちゃん、私……」


 こんなこと言ってはよくないのではないか。いずれ旅に戻るのだから嘘になるのではないか。でも、今思っていること自体は――


「私も、アヤちゃんと一緒にいたい……って思います」


 嘘ではない……はず。


「も、もちろんアヤちゃんが言った通り、私は旅に戻りたいです。でも、それと同時になぜか分からないんですけど、そう思いました。あっ、もしかしてこれも『共感』……ですか?」


 まとまりも、自信もない私の言葉を聞いたアヤちゃんは、目をぱちくりとさせ、その後にぎゅっと強くつむった。そして目を開いたその顔は、言葉では表現しがたいほどの笑顔だった。


「そうです……、共感です……! 一緒にいたいって想いを、共有してます! 今、私とチホさんで……!!」

「あ、で、でも私……なんでそんなふうに思ったのかが、なんだか自分でもわからなくて……」


 ごにょごにょと話す私を励ますように、アヤちゃんは私の手を握ってこう言った。


「ふふ、誰かと一緒にいたいなって思うときは、だいたいそういうものです。そこは気にしなくていいんです、チホさん!」

「え、そんなものなんですか……」


 そうですよーと笑っているアヤちゃんを見つめる。彼女を見ていると、胸の奥がじんわりとして、不思議な気分になるのだった。それは決して不快ではない、むしろ心地いいものだった。





 また車内は静かになったが、しばらくするとアヤちゃんがそろそろ帰りましょうと声をかけてきた。アヤちゃんは運転するために私の手を離したが、彼女の手の感触はしばらくの間残ったままだった。


 再び走り出す車。動物探しよりも車を停めて話していた時間の方が長く感じたが、アヤちゃんは出発したときよりも嬉しそうに見えた。


「チホさんとこんなに仲良くなれるなんて思ってもなかったです。あのー、この際もう敬語じゃなくてもいいんですよ……?」


 アヤちゃんは私の方ではなく進行方向をまっすぐと見つめて言った。運転しているのだからそれは当たり前なのだが、恥ずかしさやこそばゆさを隠すために私を見ないようにしているように見えた。


「えーと、なんかこう、初めて会う人とは敬語で話す、みたいな決まりがあったようななかったような気がしてたんで……」


 自信のない言い訳をペラペラと話しながら私は頬を掻いた。一方、私の言葉を聞いたアヤちゃんはぷっくりと頬を膨らませている。


「何言ってるんですかー、もう私とチホさんはどう考えてもお友だちですよ! もう初めて会う人ではないのではないですか?」

「お、おと……?!」


 首を縦に振り、今度は満足そうに笑ったアヤちゃんが続けた。


「しかも、アヤさんじゃなくてアヤちゃんって呼んでくれてるんですから、敬語じゃなくていいじゃないですか!」

「それは確かに……、ってそう呼んでってアヤちゃんが自己紹介の時に! そう呼んでって言ったんじゃん!!」

「あ!」

「あ……」


 これを境に、アヤちゃんと話すときは敬語ではなくなった。


 しかしこのドライブの帰り道、どれだけ頼んでもアヤちゃんは敬語のままだった。なんだかずるい。

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