ノーマルエンド行きの片思い
カンカンカン。
安アパートの鉄筋階段を駆け上がる音が聞こえる。
ああ、来たか。
寝ぼけ眼をこすりながら布団から体を起こすのと、チャイムが鳴るのは同時だった。
「俊介さん、いる?」
顔をのぞかせたのは、近所の高校の制服を着た小柄な少年だ。
「おーいるいる。だけど今日はまだなんもメシの用意してねーぞ」
「昨日母の日だったもんね。夜中仕事だったんでしょ? っていうか、今まで寝てた?」
矢継ぎ早に質問しながら、勝手知ったるふうに部屋へあがりこむ彼とは、もう四か月目の付き合いだ。
アパートの前で転んでたところを見かねて、うちで絆創膏を貼ってやったら懐かれた。その後は、だいたい週一くらいのペースでうちに来て、メシを食ったりゲームをしていく。
そんなときに、俺の仕事のことを話す機会も当然あって。だからコイツは、平日夕方まで寝こけていた三十路すぎの男を前にしても、特に引くこともなく会話を続けるのだ。
俺の仕事はいろんな店のディスプレイを行うこと。二週間くらい前、都内の大手デパートまで駆り出されて母の日に合わせたディスプレイをしたんだが、昨日の閉店とともにその撤収を夜中まるまる使ってやってきたところだ。
だから今日は一日オフ。
「それにしても大変だよね。母の日なんかはまあいいとして、ほら、バレンタインとか、ホワイトデーとかもさ、潰れちゃってたでしょ? 恋人が出来たら困るんじゃない?」
「……あー……、まあ、な」
「俊介さん、優しいからさ、彼女できたら仕事と恋人の板挟みで苦労しそう」
あはは、と笑うコイツの姿に、なんとも言いかえせず、俺は口のなかで「優しくなんかねえよ」とつぶやいた。
だって、コイツに絆創膏やったのは、好みのツラしてたからだし。ギャルとか脂ぎった中年オヤジ相手だったら、絶対に家に上げたりしなかった。
コイツは最初に親切にしてやったせいで、俺のことを誤解している。その誤解を全否定しないのは、俺がコイツに気があるからだ。きたねー安アパートで、無精ひげ生やしながら顔も洗わずに人様のこと出迎えるようなやつが、今更体面なんざ気にしてんじゃねえよっつー話だけど。
つーか、男同士だし。一回り以上年も離れてるし。どうこうしようって気はないんだけどな。深入りしたくねーから、俺が夜中仕事してる日、コイツが誰と過ごしているかなんて聞かない。名前だって極力呼ばない。
恋愛になんてならないノーマルエンドが、俺たちにとってのベストエンドだろ。
オマエが俺の想いに気づき始めたとき、それがこの関係の終わりの始まりなんだから。