第六話 過去後編
今回は、ちょっと長め
これは祐の、第二のトラウマ。そして、史上最悪の黒歴史。
ーーー祐小3の春ーーー
「はーい、みなさん静かにしてください。」
「じゃあな、祐」「バイバーイ祐くん」「祐くんまたあとでね!」
「うん、また。あと、呼び捨てでいいよ。同い年なんだし。」
そう、笑顔で言う。
祐は新しいクラスにもすぐにとけこみ、イケメンっぷりを存分に発揮していた。
…まあ、全部作り物だけどな。
あの時、月翔に裏切られて以来、必要以上に人に踏み込み、踏み込まれるのが怖くなっていた。今も手が震えている。
くそ、しっかりしろよ、俺。
「はーい、じゃあ今日は、転入生を紹介しますよー。入ってきてください」
転入生?
「じゃあ、自己紹介して」
「才河 雪です!今日からよろしくお願いします!それで、こっちが双子の弟のーー」
「…才河 秀、です。」
双子で随分印象が違うな…
雪は、明るくてとっつきやすそうな陽キャのイメージ。
秀は、暗くて話しかけづらい、陰キャのイメージだ。
ーー『ボッチ』
その言葉が一瞬頭をよぎる。
っ!
あとであいつに話しかけよう。
そう決めて、なんとなく二人を見る。
…あれ?雪、だっけ?あいつ…
祐は気づいてしまった。
…雪の手が、かすかに震えていることに。
あいつにも、あとで話しかけよう。
そう決意し、もう予習ですべて理解してある授業を聞き流す作業に戻った。
キーンコーンカーンコーン
休み時間だ。
みんなが転入生によっていく。
まあ、予想通りだな。
みんなが転入生によっていく。
…転入生である、雪の元に
みんなも挨拶で祐と同じ印象を受けたのか、秀のところには誰一人としていなかった。
残酷なことするな…
そんなことを思いながら、秀に近づく。
「初めまして。えっと、秀くん…でいいのかな?俺は神谷祐。祐でいいよ。よろーーっ!?」
秀がゆっくり振り返り、こちらを見る。
その秀の、全てを見通すような、見抜かれるような目を見て、反射的に言葉を止めてしまう。
「ああ、人気者の。よろしく…です。」
なんでこいつ…
「お前、今さっききたばっかなのに…なんで俺が人気者だってわかったんだ?」
「…あ、これも他の人にはわからないのか…難しい。やっぱり人となんて関わるものじゃないな。」
「…どういうことだ?」
「俺、見えるんだよね。相手の表情とかしぐさとか癖とか。そういうので、その人の行動パターンとか、次こうするな、とか。その人の感情や思考とかがわかっちゃうんだ。…最近は、そこの空気とか人間関係とかも。これのせいで俺は気持ち悪がられて、ずっと一人だ。」
見える…?ってことは…
「…ってことは、俺のこともお見通し?」
「…うん」
その答えを聞いた瞬間、今までころころ変わっていた表情、感情。そういうものが、すべて…
抜け落ちた
「あー…ひっさしぶりだなぁ、この顔すんの。」
それは、紛れもなく、素の祐だった。
「秀…だったか?これが素の俺だ。今までの俺はぜーんぶ作り物。まさか転入生に見抜かれるとはな…ははっ。」
「えっと…ごめん」
「は?」
「君のこと、嫌な気持ちにさせたいわけじゃなくて…本当、気持ち悪くてごめん…」
そんな謝罪に対して、祐は…
「いやいや、お前何言ってんの?」
「…え?」
「別にお前に悪気があったわけじゃないんだろ?言いふらしたりするのは困るけど…お前それなことしなさそうだし、気にしてねーよ。あと…」
「俺は、お前のその…目?見えるってやつ、気持ち悪いなんて思わねーよ。むしろすげーと思う。あ、これマジな?」
「…祐は、カッコいいね。俺は、素の君のほうがいいと思う。キャラを演じるのも、別に気にすることじゃないと思うよ」
「…秀、お前、いいやつだな。」
「祐に言われたくないなぁ…」
秀と祐はこうやって出会い、仲良くなっていった。
しかし、ある日、祐の運命を大きく変える出来事が起こる。
秀の双子の姉…雪との関わりだ。
「そろそろ来る…かな?」
秀が呟く。
今日は、祐と秀…そして、雪と遊ぶ予定だった。
秀が雪に祐の話をした時、興味を持ったらしい。
「ねえ、祐…やっぱり、まだ怖い…?」
「…ああ。」
秀には、もう月翔に裏切られたトラウマを話している。
その時の秀は、珍しく感情をあらわにして怒ったものだ。
ちなみに、祐の説得と実力により、秀は今では祐とともに人気者となっている。
秀の目…見えることは秘密だが。
「人に踏み込んだり、踏み込まれたり、今まで関わったことのない人が向こうから関わってきたりすると、どうしても…な」
「あの時の恐怖とか、絶望とか、そういうのがフラッシュバックしてさ。手が震えて、そこから逃げ出したくなる。」
「相当のトラウマだな…」
「その、月翔…だっけ?いつ聞いても酷いやつだよな…あ、来た。」
「遅くなってごめん!」
「えっと、初めまして…かな?私は才河雪。雪でいいよ。よろしくね!」
…
「あの…そういうの、いいよ。」
「?」
「多分だけど…無理してる…よね?今の君は演技だよね?」
その問いに対し、雪は、「なぜ分かったのだ」、というふうに目を見開く。
「え…なん…で…」
「…それは、祐も同じだからだよ。」
そう答えたのは、秀だ。
「おい、秀…」
これは、言われたことに対して怒っているわけではない。むしろ、俺のセリフとんなよ、という感じだ。
「別にいいでしょ?祐も言うつもりだったんだから。」
「やっぱりお前は全部お見通しってことか」
一呼吸おいて、祐は取り繕うのをやめた
「っ!?」
感情が抜け落ちたかのような変化に、雪は驚く。
「あー。初めまして。これが本当の俺だ。
…お前も、本物を見せろよ。」
その瞬間、ふっ…と、雪の表情が曇った。
「初めまして。君、すごすぎる。『演じてる』、なんてレベルじゃない。感情が抜け落ちたと錯覚するほどの本物との差。…そりゃ、私程度見抜かれるか…」
「あれ?いつもとそんな変わんないな…」
「私は、君みたいに0から100を生み出してるんじゃなくて、5から10にするために頑張って5足してる…って感じかな?」
「なるほど…つか、俺のこと過大評価しすぎじゃね?」
「事実ですー!」
そう言って笑った雪のその笑顔に、いつものような演技のぎこちなさはなかった。
そうして、祐と秀、そして雪の3人で遊ぶようになった。
「あっ!俺のアイス!」
「もーらい!」
「祐、俺の一口あげるよ」
「うぉっ!このジュースうまっ!」
「え、そんなに?」
「うん。雪も飲む?」
「ありがとー」
「祐、祐。俺も俺も」
「わかってるって!雪の次な?」
「わ!おいしい!」
「だろー?」
「次俺!」
そんなことを言いながら笑いあった。
本当の自分で、心から笑いあった。
祐にとって、本当の自分を見せることができて、本当の自分を受け入れてくれる。さらに、相手も同じ境遇にいる。そんな異性は雪が初めてだった。
そして、ある日。
「秀、帰ろーぜ」
「うん」
「あれ?雪は?」
「先生に話があるって言われたらしくて。うちのクラスの、不登校の女子について、だって」
「あー。そりゃ雪を頼るよな」
「姉ちゃん、人気者だしね」
「本当の雪は学校での雪とは全然違うのにな」
「意外とドジだったり、人のアイス食ったり、裏で勉強頑張ってたり、あと…すっげー、優しい。」
「祐が人を褒めてる。」
「うっせー」
そんな会話をしながら歩いていく。
そこで、祐が、まるでなんてことないようなかんじで、
「なあ、秀」
「んー?」
「俺、雪が好きだ。」
「うん、知ってる」
「…やっぱり、お前は全部お見通しか。」
「祐、顔赤い」
「しょーがねーだろ。…誰かを好きになったの、初めてなんだから。」
「じゃあ、姉ちゃんが初恋だ?」
「うっせ」
祐は顔をそらす。
「姉ちゃんのどこが好き?」
「ほふぇ!?え、えっと、」
「かわいいところ、よく笑うところ、周りを気遣っているところ、本当の俺を受け入れてくれたところ、素直なところ、真面目なところ、頭がいいところ、運動ができるところ、優しいところーーうん、全部。」
「どこを優しいって思ったの?」
「人が困ってたら迷わず駆けて行ったり、体育で、周りの体力とか能力の差を考えたり、細かいところにも気づけたり、あと、殴るときとかもすっげー優しくやるんだよ。そういうところとか、あとーーー」
「追いついたー!「うぇらぶえふぉらふぇ!?!?!!??!?!」」
「あ、姉ちゃん」
「あはは!祐びっくりしすぎ!秀は冷静すぎ!」
「ゆ、雪…今の話、聞いてない…よな?」
「え?うん」
「そ、そうか…よかっーーー「なんの話してたの?」」
「…え?」
「だから、なんの話してたの?」
本当に心からきになるという顔で雪が聞いてくる。
「な、ないしょ…」
「えー。…じゃあ、教えてくれないと1ヶ月口聞いてあげない。」
「!?」
祐にとって、それは死を意味していた。かといって、「雪のことが好き」という話をしていたなんて、雪本人に言えるわけがない。
ど、どうすれば…
そんな時、秀が耳元でささやく。
秀…!なにか助言をくれるのか!
秀が口を開く。
「勢いで告っちゃえ。」
なにか期待した俺がバカだったぁぁぁぁ!!!!!!
すると、また秀が口を開く。
「大丈夫。責任は俺がとる。」
あの秀がここまで言っている。
その事実が祐に勇気を与えた。
よし…!
「骨は拾ってやる。」
一気に不安になった。
でも、いまさら引き返せない。
「お?やっと観念したか。」
雪が笑顔でそういう。
その笑顔がかわいくて、愛おしくて、祐の理性を吹っ飛ばす。
「俺らがしてたのは…」
「うん」
「…俺が、お前のこと好きって話。」
「…え?」
「雪のことが好きだ。俺と付き合ってくれ。」
そこまで言って、ぎゅっと目をつぶる。
彼女に拒絶されるのが怖かったからだ。
手に、なにかがふれた。
反射的に目を開く。
雪が、祐の手を握っていた。
「…しも」
「え?」
「私も、祐が好き。」
顔を赤く染めながら、そう言われた。
「…え?」
信じられずにそう言ってしまう。
そして、ある一つの可能性にたどり着く。
もしかしたら、雪は、俺の「好き」を友達として好き、という意味にとらえてしまったのかもしれない。
「えっと…あれだぞ?俺の好きって、友達としてじゃなくて、恋愛対象としてっていう意味でーーー」
「うん、分かってる。私も祐のこと、異性として好きだよ。」
「…マジで?」
「うん」
「…そっか…」
「じゃあ、えっと…つ、付き合うってことで…いい、ですか?」
「は、はい…」
そんな閉まらない感じで、祐と雪の交際がスタートした。
「…あのさ、俺のこと忘れてない?」
秀がたまらず口をはさむ。
「うぉっ!そうだ!秀いたんだった!」
「すっかり忘れてた…」
祐と雪が二人して素直に言う。
「…俺、二人の正直なところ、好きだよ…でもそれが時に残酷となることを覚えておいて…」
「「ご、ごめん…」」
「まあ、でも、俺も嬉しいよ。姉ちゃんと祐が付き合えて。」
「「!秀ーーー」」
「しばらくしたら、俺は祐の義弟か…」
「「気がはやい!!!!!!」
そう言ってみんなで笑いあった。
その後、祐と雪はたびたびデートに行った。
「えっと…じゃあ、行こっか」
「う、うん」
最初はこんなかんじだったが、だんだんと慣れていった。
「祐!次、あれ乗ろう!」
「え!?ぜ、絶叫系はちょと…」
「早く早く!」
「話し合おう!人間はそうやって生きていく種族でーーー」
「ほらほら!」
「は、話を…うわぁぁぁぁ!!!」
「ゆ、雪…」
「え?ーーーあ…」
「い、いや…か?」
「ううん。嬉しいよ。」
「そっか…よかった」
そうやって、手をつないだ。
雪も祐も、心から幸せそうな笑顔で。
そして、祐は雪のために、かわいいイルカのキーホルダーをないしょで買った。
今度、雪にあげよう、と。
ーーよろこんでくれるといいな。
…しかし、事件は起きる。
それは、ある日のデートの帰り道だった。
今日はなにが楽しかっただとか、次はどこに行きたいだとか、そんなことを話していた。
「雪は次どこ行きたい?」
「私は、水族館!イルカみたい!」
「イルカ、好きなの?」
「うん!だから、好きなイルカを、大好きな祐の隣でみたい。」
顔があつくなるのをかんじた。
そうだ、今渡そう。
雪にあげようと思って買ったイルカのキーホルダー。
今渡そう。今しかない。
交差点に差し掛かった。
赤信号だ。
この横断歩道を渡ったら、渡そう。
渡している途中に青になったらやだし。
そう思いながら、前を見る。
その瞬間、男の子が飛び出していくのが見えた。
トラックの音も聞こえた。
「ーーあぶない!」
雪の声も聞こえた。
雪が、男の子を助けるために飛び出していくのが見えた。
このままじゃ、雪がーー
ーー間に合う。
本能でわかった。
今すぐ飛び出していけば、雪を助けられる。
分かっている。
分かっている、はずなのに。
足が動かない。
な、んで…
動け。
動け動け動け動け動け動け動け動け動け!!!!!!!
「動けよ!!!!!!」
キィィィィィィィ!!!
「雪!!!!!!」
ドン!
…バタン。
雪が目の前でひかれて、倒れた。
地面は、赤く染まっている。
「ゆ…き?」
やっと足が動いた。
雪のもとへ行く。
「雪…?」
返事はなかった。
赤い。
雪の周りだけ赤い。
俺の足もとは赤くないのに。
俺のせいだ。
俺が助けられなかったから。
分かってたのに。
助けられるって、分かってたのに。
その可能性を、俺がつぶした。
雪の未来を、俺がつぶした。
全部俺のせいだ。
視界が滲んだ。
目から水が流れてきた。
「う…あ…あああああああああああああああああ!!!!!!!!」
カラン…
手からなにかが落ちる。
イルカのキーホルダーだ。
雪にあげようと思っていたもの。
この世のなによりも、誰よりも愛おしくて、大好きで、大切な、雪に。
この横断歩道を渡ったら、あげようと思っていた。
でももう、横断歩道を渡ることはできなくなった。
喜んでほしかった。
笑ってほしかった。
「大好きだよ」って言われて、「大好き」って返したかった。
次は水族館に行こうと約束した。
一緒にイルカを見よう、と。
横断歩道を渡って、キーホルダーをあげようと思った。
全部、もうはたされることではない。
俺のせいだ。
俺のせいだ。
救急車がきた。
そこからいろいろあったのに、何もかも覚えていない。
その夜、家のベッドで横になった。
親からは、秀たちが引っ越すことを聞かされた。
それ以上は、なにも言ってこなかった。
「雪は…」
「雪は俺のせいで死んだんだ…」
「俺は、生き地獄を味わなきゃ…」
「俺が死んで楽になることは、許されない。」
「…そうだ、ボッチになろう」
俺が死ぬほど嫌いだったボッチに。
「俺は、幸せになっちゃだめなんだ。」
この日、雪が死んでから、俺の世界は色を失った。
過去書き終わったぁぁぁ!!!
あ、どうも、白神零鬼です。
やっと過去終わったー。
まあ、まだ物語は続きますが。
最後までお付き合い願いますm(_ _)m
では、また次話で!