魔女の贖罪
俺はいつものように、リブに出された朝食をとり。いつもと同じように館内を散策する。
館内の広さ、構造は日々リブの意思によって大きく変化する。新しい何かがないか少し気になり、毎日散策しているのだが、特に目ぼしいものは見つからなかった。
ブラブラと歩いているうちに。いつの間にか俺は、この館を訪れた時の玄関扉のある大広間に来ていた。
「結局は、ここに戻ってきてしまうのか」
この扉を抜ければ館の外に出られる。だが、今出る訳にはいかない。目的を果たすまでは・・・
「あら?もうお帰りになっちゃうの?」
二階へと続く階段からリブの声が聞こえる。その声は心なしか寂しそうに聞こえた。
「いや、まだ帰らないさ。やらなければならないことがあるしな」
「あら、そうなのね。ごゆっくりどうぞ。いつまでいても私は歓迎いたしますわ」
「・・・リブ、せっかくだし、何か作って遊ぼうじゃないか。何にもないのも暇だしな」
「あらー、うれしいわ。私と遊んでくださるのね」
リブは子どもらしい無邪気な笑顔を見せながら、階段を降りこちらに駆け寄ってくる。
この数日の間に、リブはかなり俺に気を許してきていた。共に話せる相手が出来たことが相当うれしかったのだろう。魔女はこの森で最も力をもつ存在、下手をすればこちらが殺されてしまうだろう。だが、気を許した今なら・・・
バン!
「・・・えっ・・・」
ある程度距離が縮まったところで、俺は隠し持っていた拳銃の引き金を引いた。
銃弾はリブの右目に命中し、弾が貫通した後頭部からは大量の血液が噴き出す。
「・・・」
リブは撃ち抜かれたその場に仰向けに倒れ、体をピクピクと動かしている。
「・・・あっ、殺すのね。私を」
急に拳銃で撃ちぬかれたリブは驚くほどに冷静だった。リブはつぶれていない方の左目で俺の方をちらりとみやり、何か言いたそうな顔つきをしている。
「まだ息があるのか」
魔法で反撃されることを恐れた俺は、急いでリブに馬乗りになり、忍ばせていた、鋭利なナイフを胸に深々と突き立てる。
「・・・・・・ダメよ、そんなことしても」
深々とナイフが刺さった傷口から床に血だまりが広がっていくが、それでも、リブは痛がる素振りを全く見せず、ジッと俺の顔を見据えている。
「魔女をそんなもので殺すことはできない」
「なんだと」
「うふふ、ふふふっ」
こんな状況なのにリブは急に微笑みだした。大量に血が流れ今にも死にそうに見えるのに・・・
「魔女を殺す方法。あなたはそれを知っているはずよ」
そうだ、俺は魔女を殺す方法を知っている。
魔女が被っている白い王冠をとりあげろ
俺の頭に自然とその言葉が浮かんだ。
そうだ、いつもリブは白い王冠を肌身離さず被っていた。
俺はリブの体を返しうつ伏せにさせ、再び馬乗りになって頭の王冠に触れた。・・・しかし
「なぜだ、なぜ取れない」
まるで接着剤でくっ付けているみたいに、王冠は頭から離れない。
「そんなんじゃダメよ、もっと力を込めないと」
リブに促されるように、俺は王冠をもつ手に力をこめる。
「うおおお!」
渾身の力をこめ、王冠を引き剥がそうとすると、うつ伏せのリブの上半身が大きくのけぞる。
「あ゛あああっ!」
これまで全く微動だにしていなかったリブが悲鳴をあげた。間違いなく合っている、これが魔女を殺す方法。
「あ゛あああぁぁう!あ゛あああっ!」
王冠が少しずつ取れてくると同時に、リブの頭からドクドクと赤い血が流れだす。もう少しだ、もう少しで。
ブチッ!
無理やり引きはがした時の気持ち悪い音と共に、俺の体は力の反動で大きく後ろに飛び、地面に背をつける。俺の手には、リブの血痕が付着した白い王冠が握られている。
「はぁ・・・はぁ」
荒い息遣いをしながら俺はその場に立ち上がった。
終わった・・・リブを殺した。
「うふ うふふふふ」
「バカな!」
地面に伏しているリブから、いつもと変わらぬ微笑みが聞こえる。なぜだ、リブから白い王冠を奪い取ったのに。
「ああっ、なんて親切なお方なのかしら。私を殺してくださるなんて」
リブはよろめきながらもその場にゆっくりと立ち上がった。
「は?おまえは何を言っている」
今まで殺人をして感謝されたことなど一度もない、当然だ。一体こいつは何を考えている。
「せっかくですからお教えしましょう。この魔女の館の秘密について」
「秘密だと」
「秘密といっても、隠しておくほどのものではないのですがね。私の記憶を詮索するのは、さぞ骨が折れることでしょう。だから直接口で伝えますわ」
共有した情報量は膨大、俺はすべてを確認できていない。
「以前にお話ししましたよね、私の国に存在した死刑よりも重い罪。生刑、生き続ける罪。まさにこの魔女の館こそが生刑の舞台なのです」
「なに、この場所がか」
「何世代と時を超えても、社会が変わり人々の価値観がどう変わろうとも。終わることのない永遠の牢獄。それがこの魔女の館の正体」
その昔、重罪を犯した凶悪犯罪者に与えられた最も重い刑罰。
凶悪犯罪者は儀式により、永遠に死ぬことのできない魔女の姿に変えられ、館の中に閉じ込められた。
館の外にいる怪物達は、当時の看守達が姿を変えたもの。怪物達は魔女を護衛するという名目の元。誰一人として森に入れることを許さなかった。
怪物が護衛しているため、魔女の館には誰一人として訪れる者はおらず。魔女はこの館の中で、たった一人の孤独を味わい続けながら、永遠に生き続ける。
「うっ!なんださっきのは」
俺の頭にフラッシュバックして流れる謎の言葉。これは一体・・・
「私を殺したいのでしょ?殺したいのよね?」
リブはおぼつかない足取りで、俺の方へとゆっくり向かってきた。
「・・・ああっ、その通りだ。だがなぜおまえは死なない?お前の記憶に従って王冠を奪ったのに」
「うふ、うふふふ。最後の仕上げが必要なのよ」
リブは俺の手に握られている王冠を手にとった。
「最後の仕上げ・・・それは王位継承」
リブは手に持った王冠をそのまま、俺の頭にのせた。
ゴゴゴゴゴ!
「今度はなんだ!」
館が今までの揺れとは比較にならない程、大きく揺れている。こんなことはここに来てから初めてだ。
「リブ!どうなっている・・・リブ?」
リブの体が水あめのようにドロドロになって溶けていき、最後には消滅した。
「!!?うわっ!」
あまりの大きい揺れにバランスを崩した俺は、床に後頭部を強く打ち付け・・・そこからの記憶はもうない。
・・・
・・・
パチパチパチパチ
周囲から聞こえる拍手喝采。・・・一体なんなんだ次から次へと。
「一体、何が起こったのかしら?」
・・・え?俺こんな喋り方だったっけ?何かがおかしい。
「ん?ここは」
ゆっくりと目を開けると、そこは館の前に広がる花園だった。丁度後ろには館の玄関がある。
そして花園を取り囲み拍手喝采を浴びせるのは、リブの記憶内でも見た、森の怪物達。
「おめでとうございます。新女王様の誕生でございます」
怪物達の中でも特に大きな拍手を贈るのは、この花園を管理するスケルトンの執事。
「おめかしも十分、可愛らしくできました」
執事が大きな鏡を俺の目の前に持ってきた。
「え?」
(は?)
鏡に映る俺は・・・リブと同じくらいのあどけなさを残した少女の姿になっていた。
長く綺麗に伸びる黒のロングヘアーに、リブも被っていたものと同じ白い王冠。綺麗に整えられた白い衣装。
「なんなのこれ」
(なんだよこれ!)
「さぁ、新女王様のお披露目はこれくらいにしましょうか。女王様には館に戻ってもらわないと」
「えっ、それってつまり、ずっとこの中にいるってこと?」
(おい、それってよ。この中にずっといるってことかよ!)
「その通りでございます女王様。あなたは永遠にこの館の住人となるのでございます」
「そんなの嫌よ」
(ふざけんな!)
逃げ出そうとする俺に、館の中から無数の植物のつたが生えてきて、俺の全身に絡み付く。
「離して!離しなさい!」
(離しやがれ!ぶち殺すぞ!)
「女王様の魔法の力は館の中だけで発揮されます。すぐに館に戻っていただかないといけませんね」
力のない無力な少女の姿では、植物のつたを振りほどくことができない。抵抗も虚しく、俺はゆっくりと館の中へと引きずられていく。
「良かったですね女王様。あなたは望み通り、死刑を免れることができました。望みが叶いさぞお喜びでしょう」
「だからって、ここで永遠は嫌だ!嫌だー。離して!」
(だからって、こんなとこで永遠とか嫌に決まってんだろ!離しやがれ!)
ドン!
俺を取り込んだ館の大扉が閉まり、無常な音を奏でた。