森の魔女 リブ
大きな扉を開けると、館の大きな広間が俺を出迎える。
数々の豪勢な装飾品にシャンデリア、まさに館というべき内装だ。玄関扉を抜けた直線上には、すぐに二階へとつづく階段がある。まるでシンデレラとかで出てきそうな場所だ。
「ここが魔女の館か。こんな大きな館に魔女以外の誰もいないのか」
館内を見る限り、人の気配を全く感じない。姿が見えずとも、話声や生活音が聞こえてきてもいいと思うのだが・・・。こんなところに一人では、広い館が一層広く感じる、なんだか不気味だ。
「おい誰かいないのか!」
俺は大きな声で呼びかけたが、声は虚しく館内を反響するだけだ。
「誰もいないのか?いなければ勝手にここを使わせてもらうぞ」
声を荒げながら、俺は玄関から少し歩を進める。
「いますわよ。あなたのうしろにね」
「!?」
俺が慌てて後ろを振り向くと、そこにはまだまだあどけなさを残した少女が立っている。
しかしいつの間に後ろにいた、俺はなぜ気付かなかった。
「うふふ」
「!?」
消えた。俺は瞬きせずにその少女を見ていたはずなのに、そいつは忽然と姿を消した。
「こっちですわ」
声が後ろから聞こえる。まさかと思い振り返ると、先ほどの少女が不適な笑みを浮かべながらこちらを見ている。
・・・こいつなのか、こんなガキが。だが、目の前で起こった非現実的なことは受け止めるしかない。
認めるしかない。
「おまえなんだな、この森の魔女。女王様とやらは」
「うふふ」
二階へ続く階段の上から、俺を見下すように魔女は眺めている。
魔女の見た目は十代前半くらいで、鮮やかな金髪をしている。三つ編みにまとめた長い後ろ髪を肩にのせており、頭には女王を象徴するように、小さめの白い王冠が被られている。
「驚かせてごめんなさいね。でも説明するよりも説得力あるでしょ。私は魔女のリブ。リブって呼んでくださいな」
確かにその通りだ。こんなガキが魔女ですなんて言っても、素直に信じなかっただろう。
「おいリブ、頼みたいことがある。今夜ここに泊めてほしい。俺は魔女に願いを叶えて貰おうとか考えてねぇ。俺が望むことは今夜安心して眠れる場所。それだけだ」
「・・・えぇ、別に構いませんわよ。何泊でもしてくれて構わないわ・・・ただし、一つあなたから貰いたいものがあるの」
「なんだと」
魔女が求める代償なんて、ろくなものが思い浮かばん。記憶?大切なもの?下手したら命なんてことは・・・。
「では、いただくわよ」
「待て、俺はまだ了承していな・・・」
俺の言葉が言い終わる前にリブの姿は階段から消え、俺のすぐ前まで迫っていた。
「やめ・・・」
リブは俺の両頬に手を添え、俺とおでこを合わせていた。一瞬の出来事に俺は唖然とするしかなかった。
「やめろ!」
俺が抵抗するために体を動かした時には、リブの姿は目の前から消えていた。
「あは、あはははは。あーーう すっごーい!きゃはは」
今度は俺の真横から、笑い声が聞こえる。
「きゃはははは!あーはっは。すっごーい、すっごーいん!」
先ほどまでの冷静な姿からうって変わり、いかれた笑いを続けるリブ。
「すごいわ。スマートフォン、インターネット、動く絵アニメーション!家にいながら世界に発信できる機械に超高速で移動する乗り物!宇宙へ飛び立つ乗り物!遠くの獲物を仕留める拳銃、人のように言葉を話す人工知能、それにそれに・・・」
こいつはいかれてしまったのか、さっきから何を言っている。先ほどのリブの言葉から考えると、俺の何かをリブに取られたことになるが・・・
ゴゴゴゴゴ
「!?なんだ」
館の大きな音を立てながら形状が変化していく。
「あはあははは!」
・・・
あれからしばらく時間が経ち、ようやくリブのいかれた笑いと館の揺れが収まった。さすがの魔女も笑いすぎて疲れてきたようだ。
「はぁ・・・はぁ・・・」
「おい、一体なにが起こった。そして俺から何を取ったんだ!」
「し・・・しつもんは、一つずつね。はぁ・・・はぁ」
まだ余韻が残っているのか、リブは両膝を地につけたまま、よだれを垂らしている。
「はぁ・・あなたからは何も取ってないわ。共有しただけよ情報をね」
「情報の共有だと」
「そうよ、だからもう説明しなくてもわかるでしょ」
そういわれて俺はようやく理解した。さっきから頭の中でもやもやしているものの正体に。
「魔女は自分の思い描いた通りに館を作り変えられる。館内であれば魔女に不可能なことはなく、どんな物でも創造し作ることができる」
その言葉は俺の口から自然と発せられた。情報の共有、つまりは魔女側の情報も俺に自然と入り込んでくる。
「そう、あなたの新しい情報が入り込んだことによって、私が無意識に館の構造を変化させてしまったの」
「ほうそうなのかい。面白い館だなここは」
「貴重な情報をもらったことだし、どうぞ、好きなお部屋に泊まってくださいな」
リブがどうぞとばかりに手を上げ、俺を見据える。
「おう、じゃ遠慮なく泊まらせてもらう」
俺は中央の大きな階段を上り、二階へと上がった。
上がったはいいのだが・・・
この館内は外観で見た印象よりも断然広く、部屋数も相当なもの、どこに泊まるか少し迷う。だが、どこも同じようなものだろう。せっかくだからトイレが近い、この部屋にしてみるか。
きぃー
鈍い音を立てながら扉は開かれる。
・・・
・・・
「うわっ!」
扉を開けた瞬間、俺は反射的に大きく体をのけぞらせ、その場に尻もちをついた。
十畳ほどの部屋の中の光景は異様そのものだった。複数の人間の死体がゴロゴロと転がっている。
大量の血を全身から噴き出し、虚ろな表情をした肉の塊達。吐き気を催すほどの異臭に、死肉を求め群がるハエたち。なぜ魔女の館の部屋に、こんな・・・
一刻も早くその場を去ろうとした俺の背後には、神出鬼没な魔女が再び立っていた。
「はぁ・・・」
大きなため息と共に、リブは部屋に入り込む。
「汚たない・・・あなたちゃんと掃除しておいてね」
「はぁ!なんで俺が掃除するんだよ!」
「結局こういう運命なのね。この館に訪れるものは・・・」
また意味のわからないことをリブは言っている。だが、この部屋の光景は・・・全くわからないことはない。
「情報を共有して、部屋を作り変えたって言ったでしょ。この部屋は元々存在していなかった、今さっき新しく作られた部屋なの。ここまで言えばわかるわよね?」
その通りだ。わかる・・・痛いほどにな。
「つまりここは あなたの部屋。あなたが怪物だらけの森に来た理由」