プロローグ
夏のホラー2018作品です
「はぁ・・・はぁ・・・」
息を切らし、大量の汗を噴き出しながら走り続ける中肉中背で無精ひげを生やした中年男・・・俺だ
「はぁ・・・はぁ・・・」
月明りしかない、薄暗い夜の森の中。俺は懸命に走りつづけている。
どこかの目的地に向かっているわけではない、只々走り続けていく。
「はぁ・・・ふぅ」
膝に手をつき、ようやく俺はその場に足を止める。荒い息づかいがなかなか収まらない、かなり疲労しているようだ。そんな俺の姿をみて闇の中から気持ち悪い薄ら笑いが聞こえてきた。
「なんだ、こんな森の奥に誰かいるのか」
「ふっふ、ふっふっふ」
辺りを見渡すが周囲に人影は見えない。いったいこの声は・・・
「いやー久しぶりに見たの人間。こんなところにいちゃ、あっという間に蜂の巣じゃ。ふっふ」
まるで自分は人間ではないような口ぶりだ、薄気味悪い。やはりこんなところへ来るのは間違いだったか。
・・・だが、俺はもう後戻りはできない。戻ることは・・・できない。
「久しぶりの人間だ、少し遊んでやろうじゃないか。すぐ終わるのもつまらないしな」
俺はようやくその声の主を見つけた。大きな木の枝にそいつは捕まっている。大きなフクロウだ、だがその顔は中年の男のような顔をしている。人面フクロウだ。
「ふっふ。おまえさんはここが危険な場所だと知っているんだろ?なぜ来たんだ?」
気持ち悪い笑顔を浮かべながら、人面フクロウは問いかける。
「来たくて来たわけじゃないさ。ただもうここにしか来る場所がなかっただけだ」
「?ここしか来る場所がない・・・事情は知らんが、ここは人間のおまえにとってはかなりきつい場所だぞ。とても住めたもんじゃない」
「住むつもりはないさ、ただ生き残ればいい」
「それが難しいって言っておる。生きて朝を迎えることがほぼ不可能。ふぉっふぉっ」
人面フクロウのニタニタ笑いが止まない。そのむかつく面を俺に見せるな!ぶち殺すぞ。
「だが、せっかくのお客だしチャンスでもやろう、ふぉっふぉっ。わしに少しでもいい、傷をつけてみろ。そしたら生き残るヒントをやろうじゃないか、ふぉっふぉっ。だが、こんなに上空にいるわしに傷を負わせることなんかできるはず・・・」
フクロウの言葉が急に途切れたかと思うと、片方の翼が勢いよくもげ、赤い血を噴き出しながら力なく地面に落下した。俺の手には発射直後で白い煙が上がっている拳銃が握られている。
「一瞬で勝負が決まったな、クソフクロウ」
俺は人面フクロウのハゲかかった髪の毛を掴み、顔を上げさせた。
「・・・これは、あなどっていた。まさかのまさか・・・なるほどなるほど、鉛玉を勢いよく飛ばしているのか。人間は実に面白い武器を作ったものだな」
大きなケガを負っているというのに、このフクロウは自分の安否よりも俺の持っている拳銃に興味を示している。なんなんだこいつ。
「出血がひどいな、このままじゃおまえ死ぬぞ」
「わしの生き死になど、そんな些細なことはどうでもよい。女王様さえおればよいのじゃ」
「女王様?」
「この森の魔女じゃ、それはそれはとても大きな力をもっておってな。まさに女王様なのじゃ」
「ふーん、で?俺が生き残れるヒントってのは?」
「森の魔女、女王様の元へ行け」
「なんだと」
女王と呼ばれるほどの強力な存在、森の魔女。そんなやつの元へ向かって本当に大丈夫なのか?
「その女王とやらは安全なのか?」
「安全など保障はできん。だが少なくともここにいるよりかは安全じゃ。女王様を恐れ他の怪物達はそうそう近づかんし、荒くれものの他の怪物よりは話が通じると思うでの。この森で生き残ろうとするのであれば、力あるものに協力を仰ぐのじゃ」
「長いものには巻かれろってか、それでそいつの場所は・・・」
「・・・」
人面フクロウの動きが徐々に鈍くなり最後には止まった、止血しなかったため死んだようだ。俺はこれ以上情報を聞くことができない人面フクロウの頭を荒々しく離し。森の魔女とやらに会いに行くことにした。
・・・
会いに行こうとした俺だが、右も左もわからないこんな森のなかの魔女の元へ本当に行けるのだろうか?
情報があまりにも少なすぎる。歩き続けてわかったが、この森は獣の唸り声が常にどこかから聞こえてきて安心して眠れる場所でないことはすぐ理解できた。なんとしてでも今は安全を確保しなければ。そう思っていた俺は、ある怪物の光景を目の当たりにした。
「右!異常なーし!左!異常なーし! いち、に!いち、に!」
威勢の良い声で隊列を組み、行進している兵士達の姿。一つおかしいことと言えば、その兵士達は全員首がない。首無し騎士デュラハンだ。首がないのにあいつらはどこからあんな声を出しているのだろうか。
「むむっ!怪しいやつ、誰だ!」
前列の兵士が俺の存在に気付いたようだ、あまり好ましい状況ではない。デュラハンは「死を予言する存在」と言われており、これから死ぬ人物の近くに現れると伝えられている。非常に縁起が悪い。だが死の予言などされなくても俺はすでに理解している。
「なんと、人間ではないか。珍しいこともあるもんだ」
「ほいほい、お勤めご苦労さん」
俺は適当にデュラハンの言葉を流す。話が通じる分まだまし・・・
「我々は女王様護衛部隊であーる。疑わしき存在はすべて抹殺!」
「は!?」
デュラハン達がいきなり一斉に俺に向けて剣を向けた。その一糸乱れぬ動きから、行動の本気さがうかがえる。
「ちょっと待てや!俺は森の魔女から直々に誘いを受けて、今魔女の元へ向かっている途中なんだぞ」
「なにっ!」
デュラハン達が一斉に向けていた剣をさげる。もちろん誘いを受けているなど嘘だ。
「丁度良かった、道に迷っていたんだ。魔女の元へ連れて行ってくれ、護衛部隊なら魔女の場所を知ってるだろ」
「魔女の館へか?それならそんなに遠くはない」
魔女の館・・・そこに魔女がいるのか。館ということは、そこに泊まれれば雨風をしのげる。
野ざらしのこんなところで夜を明かすなどごめんだ。
「女王様からのお誘いとあればお安い御用だ。ついてこい人間」
デュラハン達が俺に背を向け、隊列を崩さないキレイな行進を始める。
良かったうまくいったようだ。
・・・
「ここだ人間よ」
十分ぐらい歩いただろうか。着いたと言われたその場所は館のやの字も浮かんでこないほどの、薄暗く殺風景な風景。いったいここのどこに魔女の館があるというんだ。
「どこだ?何もないじゃないか」
「人間よもっと前にでてみよ、すぐにわかる」
「あ?」
すぐにわかる・・・確かにすぐにわかった。
グルルル!
周囲から突如として鳴り響く、獣のうなり声。それも一匹ではない。正確な数はわからないが数十匹はいるだろう。おそらくここは怪物達の巣のようだ。
「はっはっは!騙されると思ったのか人間よ。女王様がお前ごとき人間を誘うわけなかろう。ここでおとなしくキメラ達の餌になるとよいわ」
「チッ!」
デュラハンども、ふざけやがって!
「冗談じゃねー」
引き返そうとする俺に、デュラハン達は間髪をいれず剣を向ける。怪物の巣から出る道を塞がれた。
巣からは次々と、人間と何か別の生き物が融合した気味の悪い怪物達が顔をだす。魚人、獣人なんでもありだ。いくら俺でも、これだけの数を相手にできはしない。だからといって逃げ道はデュラハンに塞がれている。デュラハンを殺せばいいか?いや首もないあいつらをどうやって殺せばよいのだ。
「おいデュラハンども!俺をこんな扱いしていいのか?魔女の怒りを買うぞ」
「怒りなぞ買うわけがない。おまえの言葉ははったりだ」
「はったりじゃねー。そんなに疑うなら証拠を見せよう。この森を安全に抜けるために、魔女は怪物に対抗できる魔法を一つおれに貸したのだ。今からそれをみせてやろう」
俺は比較的距離の離れている獣人に、拳銃を向けて引き金を引いた。
バン!
「グオオ!」
「!!?な、なにー、信じられん。あんなに遠くにいる獣に傷を負わせるだと」
「これが魔女から与えられた魔法だ」
「た、確かに魔法だ。人間にあんな芸当ができるわけがない」
よし、うまくいった。森で最初に出会った人面フクロウは拳銃のことを知らなかった。つまり森の怪物達は拳銃をしらない。フクロウは瞬時に構造を理解し、人間が作ったものだと見破ったが、頭の固いこいつらは直接手を下さなくても、遠くの敵を倒す魔法であると解釈したようだ。
「申し訳ありません!お客人」
デュラハンの約半数が襲い掛かるキメラ達を相手にし、残りの半数が俺に土下座をし謝罪してきた。
「なんとお詫びをしてよいやら、私たちはどんな罰でも喜んでお受けいたします」
「謝罪なんかいい!早いとこ魔女のとこへ連れていけ。のんびりしてる暇はない」
「ははっ!かしこまりました」
・・・
辺り一面に広がる広大な花園。その奥にどしんと構える巨大な白い館。今度こそ間違いないだろう、
今までの薄気味悪い森とは段違いの美しさ。色とりどりの花が咲き乱れ、月明かりがそこに差し込むことで神秘的な光景を作り出している。
「ここが魔女の館の入り口でございます。お客人、ここから先はこの庭を管理する執事にお聞きくださいませ、私たちがこの神聖な場所に入るのは恐れ多いので」
そう言葉を残しデュラハン達は去っていった。この広い花園は庭だろうか、庭にしては広すぎる、館に辿りつくまで軽く汗をかきそうだ。
そんなことを考えながら歩いていると、花に水をやるスーツ姿の後ろ姿が見えた。やつがデュラハンのいっていた執事なのだろう。
「どなたかいるのですか?」
俺の気配に気づいたスーツ姿の男?は振り返る。やはり思った通り人間ではなかった。皮も肉もない骸骨ヘッドに立派な羊の角が両側に二本生えている。
「これはこれは人間ですか、久しぶりに拝見いたしました。よくぞこの森の怪物達を避け、生きてここまでいらっしゃいました。あっ、申し遅れました、私は執事のスケルトンでございます。いやー本当に久しぶりでございます。最後に人間を見たのは何十・・・いや何百年前になりましょうかね」
執事は興味深そうに俺の姿を見つめる。
「私執事なのですが、館内のことはご主人様が魔法でなんでもしてしまって仕事がありません。なのでいつも、この広い花園の管理をしているのです。それで、あなたは何用でご主人様にお会いに?」
「用という用はない、ただこの怪奇な森での安全の確保。寝泊まりできる場所を探している」
「左様でございますか、その程度のことであればご主人様も喜んで了承なさるでしょう。ご主人様も久しぶりの話相手ができて、さぞお喜びになると思います」
あのフクロウは安全は保障できないとか言っていたが、案外なんとかなりそうな雰囲気だ。
・・・もちろん、罠の可能性もあるが、俺はここにかけるしか道はない。
「ところで、あなたはこの森での安全の確保とおっしゃいましたが、それであればこの森を早々に出ていった方が良かったのではないでしょうか?わざわざ、こんな怪物だらけの森に足を踏み入れなくても・・・」
「外に俺の居場所はないってことさ」
「・・・深い事情があるのでございますね。失礼いたしました」
執事は深々と頭を下げると、館の入り口まで俺を案内するといいだした。入口の扉まではそこそこの距離が離れていたが道中の花々の香りや、美しい蝶が飛び交うこの花園は、俺の心を癒してくれる。
「さぁ、ここからお入りください」
「おう」
俺は目の前に見える巨大な扉に触れる。
「少しお待ちを、注意事項を一つ」
「ん?」
「ご主人様に無礼がないようお願いします。館内ではご主人様に敵はおりません。あなたの命を奪うことなどご主人様からすれば容易いことなのです」
なるようになれだ。もうここまで来たら入るしかないだろう。
「忠告ありがと、じゃあな」
「はい、気を付けていってらっしゃいませ」
俺は巨大な扉を開け、魔女の館に踏み込んだ。