◆北の神様(その1)
◆北の神様(その1)
ガサ ガサッ
突然ミキの背後で、大きな生き物が動く気配がした。
「うわっーーーー」
何の法則だか忘れたが、起こって欲しくない時に起こって欲しくないことが起きる。
ミキの後ろの木々の間から、巨大な鎌がヒュンと音を立ててミキの背中をかすめた。
ゾォーー
ミキは一目散に逃げ出す。
西の天界には巨大ヤシガニがいたが、こっちの世界の住人は皆、体が大きいのだろうか?
兎に角、鎌の持ち主は腹が減っているらしいことは確かだ。
幸いなのは敵の体が大き過ぎて、木々が防壁代わりとなり、ミキを追うスピードが上がらないことだった。
ただし邪魔な木は、その鋭い切れ味の鎌でバッサバッサっと切り倒してくる。
逆三角の大きな顔と大きな二つの複眼、それに巨大なアゴがミキにじわじわと迫ってくる。
「うわーーーっ、一難去ってまた一難なんて酷いよーーー!」
逃げるのに必死なミキは、自分が神様であることをすっかり忘れている。
さっき、イケメン神様に言われたことを早く思い出せばいいのに。
ガッ
ミキはお決まりのように、石に躓いて前のめりに転倒する。
そこを目掛けて大鎌が振り下ろされる。
ヒュン
だぁーーっ
ミキは間一髪で横に転がり鎌をかわす。
「ちょっ、 ちょっとタンマ!」
ヒュン
うわーっ
ガキッ
鎌は左右についているため、打撃の第二波までの間は、ほとんど間がない。
ミキは右に転がり続けて、今度も寸でのところでかわすが、ドカッと何かにぶつかってそれより先に進めなくなってしまった。
「まずいっ!」
急いで立ち上がるが、暗い森の中なのに更に暗くて大きな影が、ミキの上に被いかぶさる。
んっ?
見上げれば、なんと先が二つに分かれた真っ赤な大きな舌がミキの頭の直ぐ上をビュウンと猛烈な勢いで飛んでいった。
そう、ミキの体がぶつかったのは、オオトカゲの前足だったのだ。
ミキは元男の子なので、小さな頃は庭にいたトカゲを捕まえたりして遊んだこともあったがこの恐竜サイズのものは、さすがに頭が受けつけない。
「わわわ、わっ!」
トカゲの舌は、カマキリの鎌に絡みつき、ピンっと伸びきった。
ビチャッ
ミキの体の直ぐ傍を舌についていた唾液が、滴り落ちてくる。
ミキは、オオトカゲと巨大カマキリの一騎打ちを観戦する余裕も無く、森の奥へと逃げ込んだ。
『しばらくの間、ここで過ごすと良いだなんて、カイ君もいい加減なことを言ってくれるよ! この状況じゃ危険度は大神爺さんとどっこいしょじゃないか!』
ふと、世界の○まで行って○のイ○トとかいう女芸人も大変なんだなぁとミキは思うのであった。
・・・
・・
・
ギュルルルルー
取敢えず危険が去ったこともあり、ミキのお腹の虫が騒ぎ始める。
本来ならば、ココ(天界)では、意識しなければ空腹感は感じない。
そういうシステムになっているのだ。
だがミキは、いま自分が神様である事を意識していないので、空腹感を感じている。
『ううっ、腹が減ったよーー』
しかもちょっと前まで、自分が鳥やカマキリの餌になりそうだった事もすっかり忘れているようだ。
それにしても、ここ(天上界)では、全てが巨大サイズなのだろうか?
いや、むしろミキの方が小さ過ぎるのかも知れない。
神様だって神殿で話しをするときは、異様にデカかったし!
そう考えると広大すぎる森や木々の背の高さも納得がいくが、「復活の木」や草花の大きさがあまり変わらないのは説明がつかない・・・
いずれにしても、この大きな森の中で適当な食料を手に入れるのは、困難を極めるだろうなとミキは途方に暮れ始めた。
『あぁ、向こうの世界ならチャリでスーパーに行けば何でも揃うのに・・ なんかココは天国じゃなくって、逆に地獄って感じがしてきたよ~ トホホ』
西の神殿に戻れば、雑務が山のように溜まっているし、大神からまた呼び出しが来る可能性がある。
かといって、この森にいつまでも隠れているわけには行かない。
この森は危険に満ち溢れている。
ズゥン ズゥン
何か巨大な生き物が歩いている音が、あちこちから響いてくる。
西の天界よりも、ココの方が生き物は比べ物にならないくらい多いようだ。
で、いったいココはどこなんだろう? ミキはココに来て初めて疑問に思った。
実は、ココは天界の中では北に位置する。
北と言っても天界(楽園)では、気候はどこでも同じである。
暑くも寒くも無い。
この北の天界にも当然、この地を治める神様が存在する。
そして、ここの神様も少し変わり者であった。
次回、「北の神様(その2)」へ続く