〈第二十六話 知らないうちに求愛されていました〉
今日も快晴です。
夜遅くに雨が降ったみたいだが、朝には止んで太陽が出ている。濡れた地面が乾いていく匂いが、私たちを包み込む。どこか安心出来る匂いに、私は自然と笑みを浮かべていた。
「雨が上がってよかったですね。睦月さん」
足下からサス君の声がした。
今日もラブリーだわ。綺麗に洗ったから、毛もサラサラで光っている。モフリたいなぁと思うが、さすがに今は出来ないと断念した。代わりに、今晩は必ずモフる。
「サスケだけなの?」
腕の中にいるココが、ニャオ~ンと鳴きながら甘えてくる。
「そんなことないよ」
私は腕の中にいるココをギュッと抱き締める。マジ、可愛い。その仕草に、私はこのまま宿屋に帰ろうとした。まだ、時間はあるよね。
その時、耳元でやや低めの声が私の名前を呼んだ。「ムツキ」と。
少し怒ってますね。シュリナさんは。
世界を救う旅をしているにしては、のんびりと悠長にしているもんね。シュリナが苛立つのも分かる。でもね、ずっと緊張しているのは、正直疲れるんだよ。だから、私は自分のペースで行こうと思う。途中で倒れてしまわないように。
だが、シュリナが怒っているのは、私が想像してたものとは違った。
『我々は、ムツキに無理をさせていることは、重々承知している。だから、ムツキが旅の途中で名物巡りをすることに関しては、口を挟むつもりはない。我も楽しいからな。……しかし、お前のモフモフに関しては言わせてもらう。少し、節操がなさすぎるのではないか?』
長台詞。さすがに直ではなく、念話で話しかけてきた。
何を仰る、シュリナさん。
『節操? 何を言ってるの? 私がモフってるのは、サス君とココだけです。シュリナは毛がないから、ギュッとするだけだけど』
『サスケとココだけなら、我は何も言わぬわ! 獣人の耳を触っていたではないか!』
あー。誰のことを言っているのか分かった。
『あれは、熊さんが触ってみますか? って、言ってくれたから、ラッキーと思って触らせてもらっただけじゃん!』
実際、熊の毛は固かったけど、それはそれで、すっごくよかった。機会があれば、また触らせてもらいたいなぁ。
『絶対に駄目だよ!!』
『駄目です!!』
『馬鹿者が!!』
従魔トリオが念話で声を荒げた。
『はっきり言わねば分からぬのか。ムツキ、お前はあの熊娘の求愛に答えるつもりなのか?』
キュウアイ……?
……キュウアイ……求愛!!
頭の中で、単語が漢字に変換される。
「はぁ~~! 何言ってるの!? 相手は同性だよ。冗談よしてよ!!」
思わず立ち止まり、私は声に出して否定する。
何を言い出すの、シュリナは! マジで。
そんな私を、皆何故か可哀想な、残念そうな顔をして、黙って見詰めている。
「…………本当に、そうなの?」
恐る恐る、確認するために尋ねると、皆コクリと頷く。
「獣人の耳と尻尾は、特別な人しか触らせないよ。そこは、獣人たちの性感帯だからね。つまり、その場所を触らせた時点で、あの熊娘は、ムツキに求愛していたんだよ。猛烈にね。獣人は基本、強い者に惹かれる傾向があるから、当然といえば、当然だけど。……ムツキ、本当に知らなかったんだね」
ショックで、しゃがみ込んでしまった私に、ココが容赦なく追いうちをかけてくる。
性感帯って……
……あの性感帯だよね。
顔がカーと熱くなる。
「穴があったら、入りたい……」
力なく呟く、私。
「大丈夫だ。その点は、あいつがちゃんとフォローをいれてくれているから、安心しろ」
後ろから、私を慰める声がした。私たちのやり取りは、はっきりと、後ろの男に聞かれていたみたいだ。
「おはよう。ジェイさん」
まだショックから立ち直れない。挨拶する声も小さくなる。
何でジェイさんが、ここにいるのかって?
実は、待ち合わせしていたのだ。待ち合わせ場所は違ったけどね。本来の待ち合わせ場所は、王都側の出入口の脇だった。
何でも、例の黒紫の契約紋の形を模写したいそうだ。契約紋は真名のようなもの。人それぞれに種類がある。そこから犯人を断定するそうだ。勿論、私は喜んで承諾した。
「まぁ、ここも人通りがないし、大丈夫か」
独り言のようにジェイは呟くと、私をヒョイと小脇に抱えた。
「さて、行くか。【転移魔法発動 王都バーミリオン】」
ジェイの足下に魔方陣が現れる。その魔方陣は、ジュンさんや私のものとは色も形も違った。薄いブルーの色。すごく澄んでいた。私は、綺麗だと素直に思った。
「魂によって、同じ魔法でも形や色も違うからね」
ココが教えてくれる。
荷物のように抱えられながら、私はジェイの心が澄んで綺麗なのだと改めて知った。
お待たせしました。
次回をお楽しみに(*^▽^)/★*☆♪
 




