〈第二十五話 主と眷族〉
『宿屋に戻らないのか?』
シュリナが尋ねてくる。
一応、この辺りは人通りが多いので、シュリナは幻視の魔法を自分にかけていた。この魔法をかけると、他者から認識されにくいのだ。なので、念話で話しかけてくる。
この世界の住人の殆どは、五聖獣が竜だとは知らない。
知らないが、それを抜きにしても、竜は畏怖され敬愛される存在だ。
普通の人が竜を見たら、それが例え、一見、子竜に見える大きさだったとしても、混乱を招きかねない。だから、人が多い所では、シュリナは幻視の魔法をかけていた。
故に、傍からみれば、少女が子犬と猫と一緒に観光しているとしか映っていなかった。まさか、この少女があの〈黄金の冒険者〉だとは誰も思わない。
『今から、ドーンの森に行く』
『リードを迎えにか?』
シュリナの問いかけに、私は頷く。
『その必要はない』
きっぱりと、シュリナは吐き捨てる。
私は自然と足を止めた。
『僕もスザク様に賛成だね』
『私も賛成です。リクは睦月さんに不敬をはたらいた。だから、スザク様が里に帰らせたのですよ。ましてや、リードは不敬をはたらいた弟を送りに行っただけ。なのに、何故、睦月さんが迎えに行かなければならないのですか?』
ココもサス君もシュリナに同意見のようだ。その声音から、ヒシヒシと怒りが伝わってくる。
皆の言いたいことはよく分かる。だけど、明日出発予定だし、荷馬車で行くならともかく、転移魔法で王都まで移動するつもりだ。ホムロ村から王都までは荷馬車で四、五日の距離。場合によっては、六日かかるかもしれない。その距離を、一気に縮めるのだ。シュリナの眷族とはいえ、この距離を追い付くのは簡単じゃないと思う。
だからこそ、私はドーンの森に行こうと考えた。
『だとしても、行く必要はない! 本来なら、あやつは、今この場にいなければならなかったのだ。それを放棄した。不敬をはたらいた弟を送りとどけるという理由でな。愚かにもほどがある! 例え追い付いたとしても、我はあやつとの旅は望まん!!』
また、シュリナは勝手に私の心を読む。半ば諦めているが、あまり気持ちいいものじゃない。そんな私の気持ちに、気付いているのか、いないのか、分からないが、シュリナは静かに怒っていた。きっぱりと、リードを切り捨てる。
確かに、主であるシュリナに一言の断りもなく、その場を勝手に離れたのだ。リードとリクが私たちの元を訪れた理由、それは、シュリナと私の警護のためだ。それが勝手に持ち場を離れ、その間に、私たちは魔物討伐で死闘を繰り広げた。
死闘をだーー。
任務放棄と捉えられても仕方ない。シュリナが怒るのも無理ないと思う。実際口に出さないが、シュリナだけでなく、ココもサス君も怒っていたのだ。だから、反対した。
『……分かった。ドーンの森には行かない』
私は皆の気持ちを汲み取る。
「ムツキちゃん、こんな所で何ボーと立ってるの?」
念話に気をとられていた私に向かって、誰かが話しかけてくる。
私は後ろを振り返った。
背後には、満面な笑みを浮かべた王子様が立っていた。
その微笑みに反して、私は顔を引きつかせる。
ゼロ、今日も王子様スマイル完璧です。っていうか、気付いてる? 背後に、貴婦人や若い女子、小さな子供、下手したら、若い男性までが、熱い目でゼロを見詰めているのに……。男性まで引き付けるなんて、美形って罪づくりだなぁって、つくづく思った。
(((いや、違うだろ!!)))
従魔トリオは一斉に突っ込みをいれる。だが、決して声には出さない。勿論、念話でもだ。
「どうしたの? 面白い顔をして」
ゼロが近付いてくる。
思わず、私は悲鳴を上げそうになった。
怖いです。すごく、怖いです。ゼロを見詰める皆から、殺気がもれています。黒いオーラがはっきりと見えています。皆、目が血走ってる~~。
無意識のうちに、私は数歩後ずさる。
「どうしたの? ムツキちゃん」
「ヒッ!」
声を掛けられ、ゼロの背後から本人に視線を上げた私は、短い悲鳴を上げる。
口調も穏やかなのに、顔も笑みを浮かべているのに、目は笑っていない。笑ってないどころか、怒っている。完全に腹を立てている。
「人の顔を見て悲鳴を上げるなんて、傷付くなぁ」
「……それは、すみませんでした。用事があるので、私はここで」
「どこに行くんだい?」
逃げ出そうとした私の腕を、ゼロが掴まえる。そして引き寄せた。
ちょっと待って!! 顔が近い。近すぎる!!
「痛っ!! マジで痛いって!」
ゼロは悲鳴を上げながら、私から離れる。ゼロの足元を見れば、サス君とココがゼロの足首をガブッと噛み付いていた。甘噛みだと思うけど、絶対、青タンになってるよね。
「やり過ぎだ」
シュリナが小声で、ゼロに注意する。
ゼロが離れたので、ココとサス君は噛むのを止めた。
「ムツキちゃんがつれない態度をとるから、ついね」
「……ごめん。そういうつもりは、全然なくて。ゼロの背後が怖かったから」
ゼロは苦笑する。
「でも、全部が僕だとは思わないけどね」
「何言ってるの? 全員、ゼロを見てたよ。まさか、男の人までとは思わなかったけど」
そう答えると、ゼロは心底呆れた顔をする。
従魔トリオは盛大なため息をついた。
「……この前も同じような意味のこと言ってたよね。本当に、そう思ってたんだ」
この前?
私は頸を傾げる。
ゼロは意味不明なことを言うと、従魔トリオに視線を移す。
ココとサス君はゼロから視線を逸らし、またため息をついた。彼らには、通じていたようだ。
「過保護だね。ムツキちゃんの従魔たちは」
ゼロもまた苦笑する。しかしその顔は、とても優しいものだった。
お待たせしました。
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