第十三話 解かれた封印
そこで、全ての映像は終わった。
スザク様の本体が眠る空間に、私たちは戻って来た。始めからここにいたんだけどね。
光を放っていた石碑は徐々に光を失い完全に消えた。冷たい石碑に戻る。
全ての映像が終わっても、疑問の答えが明確になったわけじゃない。却ってより深くなった。そんな中でも、はっきりと分かったことがある。
あの高度な結界を張ったのは、間違いなく伊織さんだってことだ。あの永久奴隷に落とされた、自称勇者たちが引き起こした悲劇を再び起こさせないために、強固な結界を張ったんだろう。にしても、
「……永久奴隷かぁ」
ぼつりと呟く。
あいつらに同情など全くないけど、奴隷制度がこの世界に存在することに軽くショックを受ける。だって、日本じゃ奴隷なんて一人もいなかった。虐げられた人間はいたけど、身分は皆一緒だったし。
「ムツキは、奴隷って言葉に引っ掛かってるの? だとしても、この世界には、普通に奴隷は存在するよ。それは否定出来ないことだよ」
ココの台詞に私は頷く。
まぁ、そうだよね。色んな世界があるってことは、同時に色んな制度があるってことだ。日本人の私が、目を背けたくなるような制度があってもおかしくない、と思う。それを自分の倫理観だけで、悪って決め付けるのは間違ってる気がするんだよね。といって、簡単に奴隷制度を受け入れることは出来ないけど。
「否定する気はないよ。でも、受け入れられないけどね」
「それでいいんじゃない。一応、奴隷制度について説明しとくね。まず、奴隷は三種類に分かれてる。一般奴隷に犯罪奴隷、そして永久奴隷に。借金とかで奴隷になったのが、一般奴隷。買い取った主の元で契約期間働くと解放される。犯罪奴隷は、その言葉通り、犯罪者が奴隷に落とされてなる場合。主に、炭鉱などに送られるね。それから、永久奴隷だけど……永久奴隷は、一般奴隷と犯罪奴隷とは全く違うんだ。売られることも炭鉱に送られることもない。見た目は一般の人と変わらないよ。ただね……この世界全てから嫌われるんだ」
ココが詳しく教えてくれた。
「嫌われる?」
「そう。嫌われるんだ。拒否される。この世界全てにね……」
ココはそれ以上詳しいことは話さなかった。話したくなさそうなので、私も突っ込まなかった。
世界に拒否される。それがどういうものなのか、全然想像が出来ない。けど……神に〈呪〉という加護を与えられたんだ。生半可なものでは決してないだろうってことだけは、私でも分かった。それが分かっただけで十分。
私は気持ちを切り替えて、石碑の前に立つスザク様に改めて問う。
「……スザク様。また、結界に穴が開きそうなんですか?」
これ、とても大事な質問でしょ。自分の事よりも。それに、スザク様は、「今は」って言ったよね。
スザク様は金色の瞳を私に向ける。
「ああ……。このままだと、一年後にあの災厄が再び訪れるだろうな」
眉をしかめながら、口調は反して淡々としたものだった。
嘘だと思いたい。今からでも、冗談だって言ってくれたら……笑って誤魔化すのに。だけど、スザク様は聞きたい言葉を言ってはくれない。
サス君もココも私も声を失う。
スザク様が告げる災厄がどういうものかは、勿論知らない。この世界に生きている人たちも、直接知っている訳じゃない。
だけど、この世界を少しでも知りたくて勉強したから、その災厄がこの世界をどれほど傷付けたのかは知っている。書物や師匠がくれた旅の手引き書からだけど。
「…………王様やギルドは知っているんですか?」
「王とギルド長の一部は知っている」
そうだよね。知ってて当然だよね。
「それで、災厄を回避する方法はあるんですか?」
ずっと黙っていたサス君が口を開いた。
「一つだけある」
その答えに、私たちの視線はスザク様に注がれる。
「……ムツキ、我らと再度【魂の契約】を結べ。さすれば、災厄を回避することが出来よう」
「【魂の契約】……? スザク様、【魂の契約】って何ですか?」
さっきの映像の中で、伊織さんが口にしていた。疑問に思っていた一つだ。
「……我ら五聖獣との契約を交わすと、契約紋が肉体だけでなく魂にも刻み込まれる。そのことを、【魂の契約】と呼ぶ。例え生まれ変わっても、一度刻まれた契約は継続され続ける」
(生まれ変わっても……)
「私の魂にも、その契約紋が刻み込まれるんですか?」
「違うな。既にムツキの魂には我らの紋が刻まれておる。故に、我はムツキの心の声が聞こえるのだ」
「「えっ!?」」
まさかの台詞にサス君とハモってしまった。
伊織さんが言っていたあの方と私に同じ契約紋がある……?
つまりそれって、同じ魂ってこと……?
いやいや、まさかね。伊織さんが言っていた、あの方の生まれ変わりが私って、そんな偶然あるわけないじゃない。
「ムツキは、我が嫌いか?」
私を見上げるスザク様。その大きな金色の瞳から目を逸らせない私。
懐かしい……。
何故か、唐突にそう思った。
「ムツキ!!」
「睦月さん!!」
ココとサス君が慌てて私の名を呼ぶ。
(…………あれ……? 何で、床に水滴が落ちてるの?)
戸惑う私の頬に、スザク様の小さな手がそっと添えられる。そして、優しく私の目元を拭った。
もしかして、私泣いてるの……。
「泣くな。お前を泣かしたいわけじゃない」
優しいその声に涙腺が完全に壊れた。
「…………ご……め…………ん」
気持ちがついていかない。何故、泣いてるのかも分からない。どうして謝るのかも分からない。自分のことなのに。ただ……苦しくて、胸がギュッと強く締め付けられる。苦しくて堪らなかった。
足元から、私を心配するサス君とココの心配そうな声が聞こえるが、返事出来ない。代わりに出るのは嗚咽だけ。
「ムツキ……」
スザク様が私の名前を呼んだ時だった。
私の胸の辺りが、ぼわっと光出した。
明るい光がスザク様の顔を照らす。何故か、その光から目が逸らせない。
(あれ? サス君とココの声が聞こえない。頭も霞がかかったようで、ボーとする。意識が遠退いてるのかな? 何!? 何が起きてるの!? )
声を上げようにも、口が動かない。
「長い間、我らはこの時を待っていた。さぁ、ムツキ。我の名前を呼べ!!」
サス君とココの声は聞こえないのに、スザク様の声ははっきりと聞こえた。
(……名前? ……スザク様の名前?)
『えっ、何? 名前の由来? ああ、それなら色だよ』
(そこはどこ? 確か、私はスザク様の神殿にいるはずなのに……)
どこかの建物跡に私はいる。陽が暮れてきて、少し肌寒い。私は焚き火の用意をしていた。その最中に、名前の由来を尋ねてきた赤くて小さな竜に、私は微笑みながら答える。でもその声は、私の声じゃない。若い男性の声。温かくて優しい声だ。
『色?』
赤くて小さな竜が尋ねる。
『俺が生まれた日本っていう国には、色々な色に名前がついているんだ。ーーーーの鱗の色は、俺が好きな色だ。普通の赤色よりも明るい赤。元気になれる色だ』
普通の赤色よりも明るい赤。
元気になれる色……
そして、私が好きな色。
その色の名はーー
「…………シュリ……ナ」
私の口が勝手に動く。その声はとてもか細いものだったが、はっきりと、私にもスザク様の耳にも届いた。
そうだ!!
あの赤くて小さな竜の名前は、シュリナ。
好きな朱色の鱗をしていたから、そう名付けた。
その言葉に反応するように、スザク様を顔を照らしていた光が弾けた。弾けた瞬間、それはより一際強い光を放った。
足下にいたサス君とココは、咄嗟に目を閉じ顔を伏せる。その耳に何かが壊れる音が聞こえた。
「……やっと、我の名前を呼んだな」
その声はすぐ側で聞こえた。と同時に光は消える。
サス君とココは突如現れた生物に一瞬緊張するが、その生物が何者かすぐに理解した。
私は閉じていた目を開けると、もう一度、その名前を呼んだ。
「シュリナ」とーー。
お待たせしました。
遅くなって、本当にすみませんでしたm(__)m
そして、最後まで読んで頂き、ありがとうございますm(__)m
やっと、竜が登場しました。ここまで、長かったです。
それでは、次回をお楽しみに(*^▽^)/★*☆♪




