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第六話 うみねこ亭の看板猫(一)

 


 サス君に案内された場所は、緩やかな坂を登った先の、小高い丘の上にある一軒の洋風な建物だった。



 可愛い建物だね。

 一目見て気に入った。ベランダや出窓には、鉢に植えられた花が幾つも飾られている。外観からして、メルヘンチックな建物だ。



 木製のドアの上に、可愛い丸い文字で〈うみねこ亭〉と書かれた看板が掛けられている。余白の部分に、カモメと黒猫の絵が描かれている。ドアの上側に銅製のベルが付いていた。ドアを開けると鳴る仕組みだ。



 あれ? うみねこ?

 絵を見て首を傾げる。

 海猫うみねこはカモメの別名だよね。だから、看板にカモメの絵があるのはおかしくない。でも、ここ異世界だよね。



「……サス君、この世界でもカモメの事を海猫って言うの?」


 そう質問したら、サス君が目を見開く。


「よく気付きましたね、睦月さん。ここでは、そう言いませんよ」


「……?」


「ここの店主は、先代の友人だったんですよ」


 あー成る程。


「つまり、店主さんも魔法使いって訳ね。もしくは、魔法使いを知ってる人って事かな」


「魔法使いですよ」


 だから、サス君はここを勧めたんだ。


「入りましょうか?」


 いやいや。店内暗いし、今営業時間外だよね。それにお金が……ここ、すっごく高そうじゃない。


「勝手に入るのはまずいんじゃない?」


「構いませんよ」


 どうして、サス君が答えるの。早くって急かされても。


「分かった。今開けるから。……お邪魔します」



 サス君に促され、おそるおそる私はドアを押す。カランカランとベルの音が鳴った。サス君が遠慮なく店内に入って行く。私も後に続いて店内に入った。

 暗いと思ってたけど、やっぱり、まだ営業していないようだ。

 留守かな? 鍵を掛けないで外出って不用心じゃない?



「キャ!!」



 入口で戸惑ってる私の足下に生温かい何かが触れる。



 何!?

 慌てて足下を見たら、黒猫が私の足に体を擦り寄せていた。看板に描かれている黒猫はこの子のようだ。人懐っこい猫らしく、目が合ったら、可愛い声で「ニャ~ン」と鳴いた。



 可愛い!! 抱き締めて、モフモフしたい!!お腹の匂い嗅ぎたい! 嗅がしてくれるかな?



 欲望に負けて、足下にいる黒猫を抱き上げようと手を伸ばした時だった。



「ココ、ジュンはいないのか?」



 サス君が黒猫に向かって喋りかけた。手が止まる。



「今、出掛けてるよ。女の子用の用品とか、買いに行ってる」



 ココと呼ばれた黒猫は、当然のように答える。



(ねっ、猫が喋ってるーー!!!!)



 私は目の前にいる黒猫を、マジマジと見詰めた。

 うん。どこからどう見ても猫だ。



「おや? 猫が喋るのが、そんなに珍しいかい?」

 


 ニヤリと笑った。猫だけど笑ったように見えた。その口調は悪戯を仕掛けて成功した子供のようだ。


 

「……喋る猫は初めて見ます」


 思わず敬語で答えてしまったよ。


「サスケも喋ってるのに? まぁ、サスケは若干違うけどね」



 やけに、大人びた話し方をする黒猫だった。

 普通の家猫じゃないよね? どうみても。



 常世にいたアヤカシたちもそうだったけど、実際の年齢は、私よりはるかに年がいってるのかもしれない。

 サス君とは長い付き合いのような、気さくな感じがする。

 なんとなくだけど、ココと呼ばれたこの黒猫は、サス君が狛犬の霊獣だってことを、知っているのような気がした。



「君、名前は? 僕はココ。宜しくね!」



 ココはテーブルの上に座ると、ちょこんと頭を下げた。



「私は、ムツキ=チバと言います。こちらこそ、宜しくお願いします。ココさん」



 私はあえて、ハンターカードに記されていた通りに名乗った。異世界だしね。



「ココでいいよ。敬語も止めて。……ムツキ、君、()()使()()だろ?」



 ココは〈魔術師〉とは言わずに、〈魔法使い〉と言った。ココは〈魔法使い〉がどういうものか知っている。知ってて当然か。だって、ここの店主は魔法使いだからね。



 ココと私が言う〈魔術師〉は、ハンターの職種の魔術師とは違うものだ。



 私たち魔法使いは、魔法が使える者を、〈魔法使い〉或いは〈魔術師〉と呼んでいる。



〈魔法使い〉と〈魔術師〉は似ているようで全く違う。



 界渡りが出来る能力の有無もそうだが、それ以外に、呪文や術式を使って魔法を行使するかどうかだ。

 魔法使いは基本、呪文や術式を行使する必要がない。

 簡単に言えば、パスワードを入力しないでアクセス出来るか、出来ないかの違いだ。

 入力しなくていいのが、魔法使い。

 入力するのが、魔術師。

 だからといって、魔法使いが魔術師より優れている訳じゃない。優秀な人は優秀なのだ。



「うん。まだ新米だけどね」


「この世界に、サスケと来る魔法使いは、皆新米ばかりだよ。それより重くないかい? 荷物、ここに置いたらいいよ」

 


 ここに置いてと、ココは前足でテーブルをトントンと叩いた。私は「ありがとう」と礼を言い、荷物を置かせてもらった。



 ほんと、可愛いなぁ。

 思わず、顔が緩んでしまう。あの滑らかなお腹に顔を埋めたい。気持ちいいんだろうな……。そんなことを思っている私の顔を、ココは間近でじっと見詰めている。



「サスケ。今回は、面白そうな娘を連れて来たじゃないか?」


 もしかして、また口に出てた?


「……相変わらず、意地が悪いな」



 サス君はちょっと憮然としたような、型を崩した話し方をしている。私は少し驚いてサス君を見た。



「……サス君。そんな話し方が出来るんだね」



 そういえば、サスケ君(本体)は伊織さん(師匠)とそんな話し方してたよね。

 あれ? サス君固まってない?

 日本犬って洋犬と比べて分かり易いから、内心凄く焦ってるのが伝わってきたよ。



「へぇ~~ムツキの前ではかしこまって喋ってるの? サスケは僕よりも口が悪いよ」

 


 ココは可笑しそうに笑いながらからかった。猫も笑うんだね。



「ココ!!」



 焦ったサス君て、超貴重。

 ココはテーブルの上から、唸り声を上げてるサス君の様子を楽しんで見ている。大きくなったら簡単に捕まえられるのに、サス君は小さいままで文句を言ってる。



 仲がいいんだね。

 私はほのぼのとした気持ちで眺めていた。心が癒される。モフモフは触るも良し。見るのも良し。最高の癒しだよね。いつまでも見ていたいけど、そんな訳にはいかない。仕方ない。



「……ココ。ジュンさんだったかな? よく、私たちが来るのが分かったね」

 

「そら、分かるさ。だって、君らは〈界渡り〉をして来たからね。魔法書を使って」


 そりゃあ、そうか。ジュンさんは魔法使いだ。気付いて当たり前か。


「界渡りって……すごく危険だって聞いてたんだけど」


「普通に渡ればね。だけど、アイテム、今回は魔法書だけど、それを使うと、命の危険性は少ないよ。現に、ムツキは無事に渡れているじゃないか」



 まぁ、確かに。



(魔法書って、伊織(師匠)さんが渡してくれた、あの本の事だよね)



 やっぱりあの魔法書が、私とサス君をこの世界に運んだのか。内心、そうだと思ってたけど。それしか考えられないからね。だって、魔法書を開いた途端こっちに来たわけだし、こっちに来て、どこにも魔法書が落ちてなかったしね。



 そしておそらく……その魔法書を作ったのは、先代だと私は思った。

 理由は、伊織さんもこの世界に修行のために来たからだ。

 先代が、どうしてその魔法書を作ろうと考えたのかは分からないけど、彼女なら出来ると確信が持てた。

 なんでも本屋の魔法書の棚を見ても分かるし、それに先代もまた、私と同じ〈神獣森羅の化身〉だったからだ。



「…………睦月さん」



 不意に、足下から私の名前を呼ぶ声が聞こえた。



「何? サス君」



 私はしゃがむと、サス君に目線を合わせる。しかし、サス君は目線をそらせた。



「……別に、たいしたことでは……」



 サス君にしては珍しく歯切れの悪い言い方だった。それっきり、サス君は黙り込む。



 どうしたんだろ?

 サス君の様子を気にしつつも、他に気になることがあったから、取り合えず今はそっちを優先した。



「魔法使いって、他の魔法使いを認識出来るの?」


「力があればね」



 なるほど。という事は、これから先、もしかして魔法使いに出会う可能性があるわけか……。会いたいような、会いたくないような……興味はあるけどね。

 そういえば、色々考える事があって、大事な事を忘れてたよ!!



「あっ! そうだ。ジュンさん、女物を買いに行ってるって言ってたけど……」


「言ったよ。()()()のことだから、細かい準備もなく送ってくるに違いないって」



 思わず、ココの言い方に笑ってしまった。



 ジュンさん、よく分かってる! 伊織さんは細かい様に見えて、意外と抜けてる所があるからね。これでも女子なのに、着替え一つ持たされずに送り込まれたわけだし。基礎知識の冊子は役に立ってるけどさ……。



 この時、私は自分が大きなミスをしている事に全く気付いていなかった。



 常世の誰一人、伊織さんの本名がサトルだと教えていなかった筈。なのに、私はその名前を知っていた。

 その事が、サス君にバレた事に気付かない。

 と同時に、その名前の本来の持ち主を知っている。その懸念が、サス君の中に生まれていた。 



 おかしそうに笑う私を、サス君は難しい顔でじっと見詰めている。何かとても言いたそうな感じだった。でも私は、ココとの会話が楽しくて全く気付いていなかった。。








◇◆◇◆◇








 常世での会話。


「伊織。お前、睦月さんに先代の事話したのか?」


「いや、話してない」


「だろうな。なら、何故、お前の本名を聞いて、睦月さんは平然としてるんだ?」


「……誰か話したのか?」


「それはないだろ」


「だとしたら、何故だ?」


「さぁな。俺の分身が聞き出してくれるだろ」






 お待たせしました。

 最後まで読んで頂き、ありがとうございます。



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