第九話 石碑に刻み込まれた血塗られた過去(1)
目の前の光景は石碑に刻み込まれた歴史だと、スザク様は語った。だとしたら、私が今見ているのはこの里の過去という事になる。
「ムツキ」
スザク様は前方を指差す。私たちはつられるように、スザク様が指差す方向に目をやる。
(……まさか!?)
賑わいをみせる人混みの中、前方から歩いて来たのは意外な人物だった。
間違える筈ない。その人はーー。
「伊織さん!!」
思わず大きな声になる。懐かしい人の名を叫んだ。
「……伊織」
「イオリ……」
サス君とココの呟きが足下から聞こえてきた。その声はとても小さくか細い。
前方から颯爽と歩いてくる伊織さんは、私が夢の中で出会っていた時よりも、健康そうではつらつとしていた。彼女から儚さが完全に消えていた。
石碑が見せている映像だって分かってる。
なのに、呼び止めてしまいそうになる。そんな私たちの体を、伊織さんは無情にも通り抜けて行く。
反射的に私たちは後ろを振り返った。
伊織さんは楽しそうに笑っている。朱色の髪をした女性と話ながら。その女性は、神殿前で私たちを出迎えた人物だった。容姿は全く変わっていない。
伊織さんと女性は神殿の方に歩いて行った。
その後ろ姿を見送っている間も、子供たちや大人たちが、私たちを通り抜けて行く。
(伊織さんは、この里に来たことがあるんだ……)
大切な人の足跡を知って、すごく嬉しくて胸に熱いものが込み上げてきた。懐かしい姿を見送った後、改めて回りを見渡す。
「……この里は活気があるね。同じ里とは思えない」
ポツリと呟く。率直な感想だった。
「まだこの時は、里は死んでいなかった」
(死んでいなかった……?)
スザク様は目を伏せながらも、はっきりとそう口にした。感情がにじまないその声は、かえって悲しみと辛さを際立たせている。
「「「…………」」」
私たちはスザク様にかける言葉が見付からなかった。
自分の何気ない感想が、スザク様に辛いことを言わせてしまった。そのことに、私は胸がズキリと痛む。
「ムツキが気にすることではない」
スザク様はそう言うと微笑んだ。悲しそうな微笑みだ。
「次に進もう」
スザク様がそう言った瞬間、私たちは再びあの巨大な扉の前に立っていた。映像が切り替わったのだ。
扉の前には四人の男女がいた。伊織さんと朱色の髪の女性。そして私も会ったことがある、あの老人二人組だ。朱色の髪の女性の容姿が変わっていないのに対し、老人たちは十歳ほど若く見える。四人は何か深刻そうな話をしていた。
『……イオリ様でも無理ですか?』
老人の一人がとても残念そうに告げた。その声に力はない。
『力になれなくてごめんなさい』
伊織さんはそう謝ると、扉に手を添えながら言葉を続けた。
『スザク様様が〈魂の契約〉を交わしているのは、一人だけです。私と同じ神獣森羅の化身だった人。……そしておそらく、この扉は、あの方しか開けられない。そう思います。それ以外の魔法使いは、同じ神獣森羅の化身の私でも、スザク様は拒否している。この扉は、スザク様の心そのものだから』
(魂の契約? あの方? 魂が繋がっていると言ったのは、私が〈魂の契約〉を交わしているから?)
でも……私がスザク様に会ったのは、今回が初めてだ。そもそもこの世界に来たのも、今回がはじめてなのだから。
『それじゃ、これから先も無理ってことではないか!!!!』
落胆の声を上げる老人とは違い、もう片方の老人は落胆が怒りへと変わったようだ。声を荒げ、伊織さんにくってかかる。伊織さんのせいではないのに。
伊織さんはその気持ちを正面から受け止める。
もう一人の老人は何も言わない。止めようともしない。ただその顔には、深い絶望や悲しみにうちひしがれていた。
『止めなさい!! イオリ様に無礼ですよ!』
朱色の髪の女性が、怒鳴り、伊織さんに当たり散らす老人を低い声で叱り付ける。
どうやら、女性の方が位が高いようだ。
亜神である伊織さんに対しての不敬に、朱色の髪の女性が深々と頭を下げ謝罪する。伊織さんを怒鳴りつけた老人は、女性が謝罪したことで気付いたようだ。伊織さんが何者かを。真っ青な顔になって、少し震えている。
特に伊織さんは怒ってようだ。老人の様子を苦笑いしながら、謝罪を受け入れた。
その様子を見ていた私は、何故か少し複雑な気分になった。
誰もが黙り込み、重い空気がその場を覆っている。それを見ている私たちも同じだ。
『……でも、望みはあります』
落ち込む雰囲気を一変させる言葉を、伊織さんは扉に触れたまま告げた。
その言葉に弾かれたように、皆、伊織さんに注目する。
『あの方は、神獣森羅として寿命を終えたわけではありません。だからいづれ、もう一度姿を現す時がくるかもしれない。あの方の生まれ変わりが……』
『…………それは、喜ばしい事です。しかし、果たしてそれは、いつになることか……』
老人の声には力がなかった。
『残念な事ですが、我々には、それを知る方法がありません』
女性の言葉も暗かった。目を伏せている。
(神獣森羅としての寿命? 生まれ変わり?)
次々と出てくる謎の言葉に心が掻き乱される。
石碑は記憶を映像として映すだけ。その言葉の説明は一切ない。
『おそらく。……これは想像ですが、あの方の生まれ変わりが、普通の人間だとは思えません。高い魔力を持っている可能性が高い。と考えるなら、また神獣森羅様に選ばれる可能性があります。神獣森羅様は魔力が高い者を好みますから。だとすれば、方法はあります』
その言葉に、三人の顔が一斉に伊織さんの方を向いた。僅かな希望に、三人の顔が少し明るくなる。そんな彼らを見ながら、伊織さんはにっこりと微笑む。
(私は魔力が高かったから、神獣森羅に選ばれたの……)
知らなかったの。それとも、知ってて教えてくれなかったの。分からない。訊きたくても訊けない。ただ、師匠もサス君からも、そんな話は一切聞いた事はなかった。
それは、ここにきて初めて知った真実だった。
混乱をよそに、映像は続く。
伊織さんが続けて何かを言い掛けようとした、まさにその時だった。
四人のもとに、兵士が転がるように駆け込んで来た。服は切り裂かれ、あちこちに傷を負ったぼろぼろな状態で。その異様な姿に、四人は只ならぬ何かを感じ取る。
『大変です!!!! 長老様、巫女長様!! 里が……里が、人間に襲撃されてます!!!!』
「「襲撃!!!!」」
考えもしない言葉を聞いて、思わずサス君とハモる。ココは無言で兵士を凝視していた。
兵士がそう報告した瞬間、全員息を飲んで固まる。当然だ。
しかし固まったのは一瞬だった。長老たちは里へと掛け戻った。伊織さんは兵士に治癒魔法を掛けると、兵士に巫女長を託してから長老たちの後を追った。
扉の前に残されたのは、兵士と巫女長の二人。
私は二人から、隣に立つスザク様に視線を移す。瞬間、ピシッと凍り付いた。
スザク様の表情は、今にも誰かをなぶり殺しそうな程、すごく険しいものだったからだ。
書き直しました。
最後まで読んで頂き、ありがとうございますm(__)m
それでは、次回をお楽しみに(*^▽^)/★*☆♪




