甘さ
引き続き、ジェイ目線です。
深夜ーー。
誰もが寝静まった時刻だった。
こんな時間に働いているのは、王宮を警備する騎士ぐらいなものだ。
そんな時間帯なのに、何故か、仄かな明かりが竜王の寝室に灯っていた。
部屋の主である竜王は何をする訳でもなく、ベッドに腰を掛けている。
ほどなくして、起きている理由が分かった。
微かに寝室の空気が震えるのを竜王は感じた。と同時に、何もない空間から姿を見せた男に、竜王は別段驚く事なく、「やはり来おったか」と、溜め息を吐きながらも友を歓迎した。常識外の訪問に呆れはあっても、不快感はなさそうだ。
「来るのが分かっていただろ」
そうでなければ、こんなにすんなりここに来れはしない。ギルマス長であり勇王でもある俺でもな。
幾重にも張り巡らされた結界を誰も気付かれずに解き、竜王の寝室に忍び込める事は、まず不可能だ。【暗殺】系のスキルや、魔法を無力化する超レアスキル【無能】を所持してるのならまだしも。
つまり、誰かが手引きしない限り忍び込めないのだ。
竜王の寝室に手引きする不敬者など、この城にはいないだろう。となると、この場所の結界の細工と警備の手を手薄にした者は、この部屋に自由に立ち入る事が許されている者しか考えられない。寝室だしな。本人以外まず無理だ。まぁ、それを見越して行動したけどな。でも、さすがに寝室だとは思わなかったぞ。考えてみれはば、許可なく誰も立ち入れないから、打ってつけと言えば打ってつけなんだろうけど。
「まぁな」
悪びれず、目の前にいる気の強そうな美女は口角を上げ答える。
昼間に会談した時、深夜に訪れることなど、勿論俺は伝えていなかったし、そんな話題さえ出なかった。警戒して、当たり障りのない伝達事項で終始した。表面上は。なのに、竜王はその意図を完璧に読んでいた。
「立ってるのもなんだ。まぁ、座れ。なんなら、ベッドでもよいぞ」
俺以外なら、妖艶に見えるだろう笑みを浮かべながら誘う。
本気ではないことなど鼻から分かってはいるが、男として何かがぐらりと揺れそうになる。健全な男だからな。当然ベッドじゃなく、近くのソファに腰を下ろす。こいつを知らない者なら、迷うことなくベッドに座るだろうな。
「ベッドじゃないのか?」
ポンポンとベッドを叩く。妖艶な笑みじゃなく、悪戯を仕掛けた子供の様に笑いながら。
(しつこいぞ。わざとしてるだろ。全く)
「……お前は俺を殺す気か? ベッドに座ったら、間違いなくアイツに暗殺されるぞ、俺は」
竜王の番は一切表には出て来ないが、俺はよく知っている。今も、完全に気配を消し俺たちを監視している筈だ。
「それは間違いだよ、ジェイ。この部屋に忍び込んだ時点で、殺す事決定だから」
ご丁寧にも訂正してくれた。監視どころか、背後に立ち、首元にナイフの刃を突き付けながら。殺す気満々だ。
「俺を殺すのは止めといた方がいいぞ」
俺は焦る事なく平然と答える。まぁ、こうなる事は簡単に予想出来てたしな。
「何故?」
冷たい声で、背後にいる暗殺者は尋ねる。
「このまま俺を殺したら、お前の愛する竜王が無惨な死を迎える事になるからな」
大袈裟じゃない。最悪、そうなる可能性はある。名指しされた竜王は、平然と笑みを浮かべている。少しでも把握した上で笑ってるのか、正直分かりづらい。
「ジェイの配下がか?」
こいつはそうだろうな。にしても、明らかに馬鹿にした口調だな、おい。俺の友達はお前より遥かに強いぞ。
反対に馬鹿にした空気を読んだのか、刃が軽く皮膚に触れる。うっすらと、逞しい首筋に赤い線が出来た。全く……分かってやってるのかね。まぁこれでも、暗殺者としては右に出る者がいないんだから、不思議だ。これ以上、こいつに構うのは時間の無駄だな。
「いや、竜王を殺るのはセイリュウ様だ」
「セイリュウ様が?」
完全に疑っている。
(何のために、こんな時間に来たって思ってるんだ。おいおい、これ以上ナイフを進めるなら、実力行使に出るぞ)
「そこまでにしときなさい。貴方の腕ではジェイには到底敵わぬよ。……で、どういう事なのだ?」
さっきまで浮かべていた笑みは消え、竜王さ2トーン下がった声で訊いてきた。
「……全く、気付いてないのか?」
拘束を解かれ、俺は回復魔法で首筋の傷を消しながら、反対に訊き返した。暗殺者は後ろに立ったままだが。やれやれ。
「…………コウとアランの事か。あやつらが何か仕出かそうとしているのは、薄々勘づいてはいたが」
「たいして、何も出来ないってたかをくくっていたのか? セイリュウ様がお前を殺すかもしれない程の事だ。大体は想像がつくだろ?」
「護りて様に関する事か……」
アランが護りて様を逆恨みしている事は承知していた。竜王自身、護りて様の断罪は妥当のものだと思っている。たから、ジェイがギルマス長として下した判決は当然のものだと考えていた。
同時に、身勝手な正義感を持つアランにとって、そして、子供を過剰にも溺愛するアイリスやコウにとっては、受け入れがたいものだというのも、重々理解していた。
重々理解しながらも、竜王は我が子の放逐と、妹の王宮の出入りの禁止を決めた。
「ああ。竜王、お前の愛する息子とその番が、護りて様を処刑しようと画策している」
「なっ!? 処刑だと!!!!」
竜王は取り乱し、声を荒げ思わず立ち上がった。余裕をなくした竜王。初めて見る竜王の様子を、俺は妙に冷めた目で見詰めている。
「冗談じゃない!!!! 有り得ない。仮にも、コウは王族だ。護りて様の存在がどういうものか、よく知っている筈だ。有り得ぬ!! 有り得ぬわ!!!!」
余程、信じられないのか。それとも、信じたくないのか。当たり散らすように喚く竜王。
「竜王」
静かな声で話し掛ける。
その声の重さに気付いた竜王は、崩れるように座り込んだ。慌てて、番の暗殺者は駆け寄る。番を気遣いながら、俺には殺気がこもった目で睨み付けてくる。当然無視だ。黙り込む竜王に俺は告げた。
「信じようが、信じまいが、俺にはどちらでも構わない。だが、友人として同じ王として、報せておく。これは慈悲だ。後はお前が決めろ。ただし、下手な事はするなよ。お前の判断が、この大陸にどんな影響を与えるか、重々考えてから行動に移すんだな」
話終えると、報告書を置いてその場を後にした。
竜王がこの後どうするか、俺には分からない。ムツキがアイリスに放ったように、竜族としての性分を選ぶのか、竜王としての役割を選ぶのか……どちらを選んでも、竜王にとっては辛い選択になるだろう。それに竜王自身、心に深い傷を負う事になる。
やるせない。俺は胸の内に溜まる苦さを吐き出すように溜め息を吐く。その直後だった。
「甘いわね」
その声の主が誰かすぐに分かった。彼女には俺の行動が筒抜けのようだ。
「……甘いか……俺もそう思うな」
マリアに言われるまでもなく、つくづく自分でも甘いって分かっている。思わず、苦笑が漏れた。
「でも、その甘さ嫌いではありませんわ」
そう告げると、マリアは背を向け戻って行った。
「俺もお前のこと、嫌いじゃないな」
一人取り残された俺はポツリと呟いた。
最後まで読んで頂き、ありがとうございますm(__)m
次回から、ムツキ視線に戻ります。
それでは、次回をお楽しみに(*^▽^)/★*☆♪




