第十三話 幻覚
「一体、何があったんだ?」
「他の騎士たちは一体何処にいる?」
ギルマスと副団長さんが厳しい表情で、目を覚ました騎士を問いただす。
私たちは黙って、騎士が口を開くのを待っていた。勿論、その間も周囲の警戒は怠らない。特にサス君が。
「……カインたちが何処に居るのかは分かりません。バラバラになって逃げたので。俺は魔物の死体の陰に身を寄せていたので、皆の行方を把握することが出来ませんでした」
騎士は力なく頭を垂れ報告する。
(カイン……? 確か、金髪の騎士の人がそう呼ばれてたよね。バラバラに逃げたって事は、強い魔物が襲って来たから?)
でも、それならおかしい。
サス君もココもクエスト中、特別な反応は示さなかった。私も殺気を感じなかった。もし、騎士さんたちが逃げ出すような強い魔物が襲って来たのなら、サス君もココも反応する筈だ。
「何が現れた?」
今度は険しい表情をしながら尋ねる。
副団長さんは何か感じたのかな?
そんな事を考えながら彼を観察していると、どうしても彼が嘘を言ってるようには到底思えなかった。それに、心配していた【洗脳】はされてなかったし。
「……ハイオークです」
恐怖が残ってるのか、その声は少し震えていた。
「ハイオーク!?」
「「ハイオーク(だと)!?」」
私とサス君、ココが同時に声をあげる。
「サスケ殿、ハイオークの殺気を感じましたか?」
副団長の言葉に、サス君は「いや、全く感じなかった。臭いもしなかったぞ」と否定した。ココも「僕も感じなかったし、臭いもしなかった」とサス君に同調する。
それを聞いて、私はギルマスに視線を移す。
「……ギルマスは感じましたか?」
「いや……俺は感じなかったな」
「副団長さんは?」
「僕も感じなかったな。ムツキは?」
「私も感じなかった」
サス君とココだけでなく、朱の大陸で最強と称されているギルマスも、騎士の中でも副団長を務めるまでの実力者までが、殺気を感じなかった。
その事実に一番反応したのは、保護された騎士だった。興奮した騎士が反論する。
「そんな!? 間違いなく、ハイオークでした!! 俺が嘘を吐いてるって、言うんですか!!!!」
「声がでかい!」
副団長に頭を叩かれる。
「痛っ!!」
騎士の悲鳴を無視して、副団長さんはギルマスに意見を求める。
「ジェイはどう考えます?」
「…………幻覚の可能性があるな」
「幻覚!?」
思わず声を上げる。
「……やはり、ジェイもそう考えますか」
確かに冷静になって考えてみれば、その可能性が高いよね。
だったら、何かの薬品か薬草が使用された筈。【洗脳】もされてないし。だって、本人は正気なんだから。
(でも、一体誰が?)
今日のクエストは、私たち以外立入禁止だった筈。
(ギルドの人間の目を欺いてマドガ村にハンターが入り込んだ? まさか!? そんな事して何になるの?)
疑問ばかりだ。
「ハンターとは限らないんじゃないかな?」
全員が黙り込んでいると、ポツリとココが呟いた。
「どういう意味だ?」
ギルマスの鋭い声が暗闇に響く。
「複数人に対して、同時に幻覚を見せるのなら、スキルも考えられるけど、そんなスキルを持つ魔物がこんなとこいないよね。だったら恐らく、風上からシビレ草を燻した煙りを流したって考えた方が無難かな。……で、それを流した犯人だけど、人間とは限らないんじゃないかな?」
シビレ草は痺れを治すための薬草だ。でも使い方によっては、薬草も毒草になる。シビレ草は燻すと、その煙を吸った者は幻覚に襲われる事がある。中毒性はないって説明書には書いてあったけど。
それでも、毒草が使用されたのなら、騎士の体が心配だ。だが心配をよそに、
「「人間じゃない?」」
ギルマスと副団長さんが食い付いたのは、そこだった。
「あくまで可能性の話だけどね。いるでしょ。人間と同等な知能を持った魔物がさ……」
「「「「ハイオーク!!」」」」
私とギルマス、副団長と騎士さんの声が綺麗にハモッた。保護された騎士は呆然としている。
魔物が薬草の扱いに手慣れている。それは突拍子のない話だ。普通なら誰もが鼻で笑うだろう。だけど、この場にいる全員、鼻で笑うような事はしなかった。
反対に、すんなりと受け入れていた。ココだからかな。ココは、学問の神に愛されていると言われてる妖精猫だから。
「だとしたら、何のために?」
そう尋ねた私に、ココは呆れたように言った。
「決まってるじゃん。ムツキを孕ますためだよ」
(孕ます……? 子供を作るって事……?)
「ココ!!」
慌てたサス君がココを諌める。
「遠回しに言っても同じだよね」
「だが、言いようが……」
この際、言い方はどうでもいい。ココが言いたいのは、
「つまり、私を誘き出すためにこんな細工をしたって、言いたいの?」
「そう考えた方が自然だね」
「私はハンターだよ。ましてや、私を誘き出したいのなら、これって悪手だよね(ギルマスや副団長さんがいるんだよ)」
危険性から考えて、それはあり得ないでしょ。それだけの知能があるなら、危険性も考慮にいれてるよね。わざわざ危険をおかす必要はない。
「それはどうかな? 繁殖は本能の一つだからね。時には、理性より勝るんじゃないかな」
「それは分かるけど……」
「魔力持ちは、オークの子供を孕む確率が、普通の女性に比べて高いからね」
「マジで?」
「うん」
マジですか……。
「そんなに平然と答えないでよ!!」
普段と変わらない様子のココに詰め寄ろうとした時だった。
突然、若い男の奇声が暗闇を引き裂く。
金色の髪を振り乱した男が、奇声を発しながら剣を片手に、私たちに向かって飛び掛かってきた。
最後まで読んで頂き、ありがとうございますm(__)m




