第二話 処刑十日前(1)
黒の大陸と蒼の大陸の国境沿いは、思っていたよりも賑わっていた。
商人とハンターが殆どだ。旅人の姿はない。まだ、そこまで国が落ち着いていないから仕方ないか。回りをキョロキョロ見渡すが、心配していた傍迷惑な集団の姿は見えない。
よかった~~。ホッと胸を撫で下ろす。
隣を見上げれば、ジェイさんもどことなくホッとしているようだった。ミカとロイもだ。出来れば会いたくない。っていうか、マジ関わりたくない。精神的に色々削られるからね。回復するにも時間が掛かるし。サス君たちを撫でると、回復は早くなるけどね。
にしても、国境沿いの警備で訊かれる事はあまり変わらないよね。殆どが、並んで質問に答えてからハンターカードを見せれば終わる。時間にして五分も掛からないかな。
無事、全員、国境を越えて蒼の大陸に入った。
単一な色の世界から、色彩豊かな世界が目の前に広がる。翠の大陸も自然豊かな大陸だったが、蒼の大陸も負けていない。因みに、朱の大陸は少し違うかな。人工的な建造物が他の大陸に比べて多い。住んでいる人種の違いかな。
蒼の大陸は、別名水の大陸と呼ばれている。
大陸に大きな湖が幾つもあって、私たちが向かうシード森にも大きな湖があるらしい。そこが、今回のゴール。
「少し休んでから、王都に向かうか?」
ジェイさんってほんと大人だ。然り気無く、私を荷馬車から庇ってくれる。
こんな子供でも、女の子扱いしてくれるんだから、当然彼のファンは多い。今も、チラチラとジェイさんを見ている人がいるよ。ジェイさんだけじゃない。ミカとロイも視線を集めていた。勿論、半エルフのミレイもだ。
私の回りにいる人の美形率、マジ半端ないわ~~。かえって、私のような凡人顔が目立って仕方がない。モブは辛いね。
「そうですね。少し休憩してから行きますか」
王都に立ち寄るつもりはないから、休める時に休んどいた方がいいよね。それに、蒼の大陸の名物が食べられるかもしれない。時間があったからね、チェック済み。なんと、蒼の大陸にはアレがあるんだよ。アレが!! 日本人には馴染みのアレがね。
「氷菓子あるかな~」
「ムツキは氷菓子が好きなのか?」
「うん。食べたいです。暑いし」
にっこりと笑って答える私の後ろから、ミレイの落ち込んだ声が聞こえてきた。
「……それほどまでに、氷菓子がお好きだったとは……知りませんでした。申し訳ありません。氷を仕入れていませんでした。メイドとして失格です。今からでも、氷を買い占めに戻ります」
たまに、とても優秀なメイドは残念になる。
「いやいや、戻らなくていいから。それに言ってないから、知らなくて当たり前だよ」
慰める私の後ろから、能天気な声が聞こえてきた。
「ここの氷買い占める?」
「そうだね。そうしようか」
「その手がありましたね。たまには、お二人共いい事を仰ります」
馬鹿な台詞を吐いてるのは、ミカとロイ。賛同したのは、勿論ミレイ。三人共何を言ってるの、全く。背伸びしてミカとロイの後頭部を軽く叩く。そして、ミレイを軽く睨む。
止めないと間違いなく買い占めるからね。
「何、馬鹿な事を言ってるの。駄目に決まってるでしょ」
わざと大きな溜め息を吐いてから、ジェイさんの腕を掴むとお店に向かった。
「馬鹿たちはほっといて行きましょう、二人で」
「そうだな」
爽やかな笑み、ご馳走さまです。
こっちの世界の氷菓子って、日本のアレにそっくりだ。日本のは氷菓子専門の甘い蜜を掛けてるんだけど、こっちの氷菓子は、ジャムを柔らかくしたようなものを掛けていた。ジャムを柔らかくしたようなものだから、色んな種類がある。酸っぱい系から甘い系まで。
露店を少し大きくしたお店だけど、結構な種類があった。ただ、日本のように派手な色、例えば青色とかない。そんな果物ないからね。
「やっぱり、季節の果物かな~~でも、ココスも捨てがたいよね~~」
ブツブツと呟く。
「ムツキはココスの実が好きなのか?」
やけに良い笑顔でジェイが訊いてきた。
「はい! 甘酸っぱくて好きです」
「そうか」
決めた。やっぱりココスにしよう。
『皆は何がいい?』
ちゃんと皆の分も訊くよ。訊かなかったら拗ねるからね。
『我もココスがよい』
『俺はベリー』
『私はリコで』
『僕は季節の果物かな』
『キュ、キューーキュキュ(主の少し頂戴)』
皆バラバラだね……。シロタマの言葉も分かるようになってきた。
「すいません。この子たちの分も大丈夫ですか?」
たぶん断れないと思うけど、一応念のために訊いておく。
「いいよ。で、何にする? ココスを二つに、ベリーが一つ。リコが一つに季節の果物一つお願いします」
「兄さんは何にする?」
「俺は季節の果物で」
「あいよ。全部で銅貨五枚だよ」
お金を出そうとしたら、先にジェイさんが払ってくれた。
「待たせた詫びだ」
何故か、ジェイは嬉しそうだ。機嫌がすこぶるいい。何か良いことがあったのかな。
「ありがとうございます」
素直に好意を受け取る事にした。
他のお客さんから離れて座る。丁度いい所に丸太があった。私はジェイの隣に腰を下ろす。
深目の皿に粗めの氷菓子。その上にココスのソース。日本のように丸く形作ってないが、どう見てもかき氷だった。
「頂きます」
一口食べてみる。
「美味しい!!」
甘ったるくなくて、果物の味がしっかりある。一緒に果肉と食べるとシャーベットに近いかな。氷が溶けるまでに食べないと。薄くなっちゃう。
「ムツキ、一口食べるか?」
ジェイが皿を出す。
「いいんですか!?」
遠慮なく、一口貰った。季節の果物って、梨だった。この世界は梨の事何て言うのかな? 次はこれにしよう。
「ジェイさんもどうぞ」
シロタマが口を付ける前に。
一瞬、吃驚した顔をしながらも、ジェイは少し照れながら氷菓子をスプーンにすくい食べた。
「果肉もどうぞ」
つい、シロタマの癖で自分のスプーンでジェイの口元に運ぶ。
「えっ!? ムツキ」
(あれ? ジェイさんが固まった。どうかしたの? やけに顔が赤いんだけど……熱でもあるのかな?)
「大丈夫ですか? 遠慮なく、どうぞ」
戸惑ってるジェイにすすめる。赤面したジェイが口を開いたと同時に、馬鹿共の悲鳴が響いた。
「駄目です!!!!」
「「止め(ろ)て!!!!」」
ジェイはその声を無視して、パクリとスプーンをくわえた。
「「「あ~~~~~」」」
騒がしい馬鹿たちは落胆の悲鳴を上げながら、その場に崩れ落ちた。
「今までで一番美味しいかった」
反対に、ジェイは満面な笑みを浮かべていた。嬉しそうに、残りの氷菓子を食べている。足下で何故か泣き崩れる声をBGMにしながら。
そんな様子を、シュリナたちは白けた目で眺めながら、氷菓子に舌鼓を打つのだった。
そんな平和な空気を邪魔する者が現れたのは、皆が氷菓子を食べ終わった頃だった。
草と小枝を踏む音で、誰かが近付くのに気付く。ミレイと同じメイドの姿をした女性が立っていた。
「ムツキ=チバ様ですね。お待ちして下りました」
そう告げると、私に向かって深々と頭を下げる。数秒後顔を上げた。
佇まいから想像していた年齢よりも、少し若い感じがする。ただ気になるのは、感情を一切、面に出さない事だ。目を見ても、感情が読み取れない。
しかし、私以外は女性の正体に気付いたようだ。
「……翼人か?」
ジェイが警戒しながら、低い声で尋ねる。
『サス君』
『分かってます』
さすがサス君。私の言わんとしていた事を察してくれたようだ、私たちの周囲に遮音魔法を掛ける。誰かに聞かれるのは不味い。念のために、結界も張った。
「はい」
どうやら、翼は隠しているようだ。
「何の用でここに? 天翼祭の件なら、私に期待しても無駄だから」
敢えて低い声で牽制する。
「分かっております。元々姫様は、天翼祭の件は仕方ない事だと申して下りました。姫様曰く『愚父と愚兄が仕出かした事。護りて様を愚弄した愚か者が、キリン様に嫌われて当然』だと」
(愚父、愚兄……? どういう事? 私にキリン様を取り直してもらうために、突撃してきたんじゃないの?)
ジェイも不振がる。
「姫様がチバ様を訪れたのは、後回しにされたキリン様が拗ねられたからです。姫様がグリーンメドウを訪れたのは、チバ様の身を案じての事です」
意外な台詞に驚く。私だけじゃない。直接被害を受けたジェイが一番驚いている。
もしそれが本当なら、全てが変わってくる。
「私の身を案じて?」
「はい。詳しいことはこの手紙に」
差し出された手紙を受け取る。
「「ムツキ!?」」
ロイとミカが咎める。手紙を受け取っていいのかと。ロイとミカの気持ちは分かる。
確かに、手紙を捨てる選択肢もあるし、皇女様の使いに手紙を突き返す事も出来る。もしそうしても、彼女は何も文句は言わないだろう。
でも、手紙を受け取った以上、それを突き返す真似はしたくない。私は意を決して手紙を開いた。
その十日後に、処刑台に上がるはめになるなんて……思いもしなかった。
最後まで読んで頂き、ありがとうございますm(__)m
氷菓子が何か分かりました?
正解は、〈かき氷〉でした(^-^)/
それでは、次回をお楽しみに(*^▽^)/★*☆♪




