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第六話 噂



 フードを目深く被り顔を隠すと、意を決して、ファンシーな店構えをした建物ギルドに足を踏み入れた。


 相変わらず騒がしい。


 併設されている食堂(飲み屋)に目をやると、既に出来上がってる人が結構いた。真っ昼間なのに。呆れながらも、いつもの光景だから気にはしない。まぁ大半は、ギルドに用事があって訪れている人だし。


 サス君たちと入れ違いで皇女様たち一行が来ていないことに、内心ホッと胸を撫で下ろす。


 特に酔っぱらいたちに気付かれないうちに、ギルマスんとこにいかないと。そう考えてると、ちょうど目の前を横切ろうとしていた、係員のウサギのお姉さんを捕まえた。


「ムツキ様!!」


 あーこのウサギのお姉さん、ハンター試験の時に対応してくれたお姉さんだ。名前覚えてくれてたんだ~。嬉しいけど、もう少し声のボリューム下げてくれないかな。何人か振り返ったよ。


「ムツキ様のご活躍は色々聞いてます!! 遅いですが、ゴールド昇格おめでとうございます!!」


 自分事のように嬉しそうに言ってくるウサギのお姉さん。かなり興奮している。私の両手を握り上下に激しく振る。変わんないね。


「…………ありがとうございます」


 祝ってくれるのは嬉しいけど、声が……。もう手遅れだね。結構の人数が立ち止まって私を見ている。勿論、食堂にいる酔っぱらいの皆様も。


「おーーあれが、噂の黒の英雄様か。何でも、かなり身分のある方に可愛がられてるらしいぜ。羨ましいな。どうしたら、そんな幸運が手に入るんだ!?」


「ヒック……ウィ……色々あるんだぜ、色々な。是非、そこんとこを詳しくご教示願いたいよな!!」


「ああ、知りたいぜ!! 詳しくな」


(僻み根性もいいところよね。昼間から酒ばかり飲んでるから上がらないんじゃないの)


「どー見ても、まだ子供だぜ。後数年したら食えるよな」


(食うって、 まさかそういう意味か。ゲスが!!)


「子供が良いって奴らもいるんじゃねーの」


(それって、犯罪でしょうが!!)


 心の中で悪態をつきまくる。


 酔っぱらいの面々が、真っ赤な顔でニヤニヤしながら口々に騒ぎ出す。そして、大声で笑い出した。あまりの下品な笑いに、眉をしかめる。それは、私だけじゃなかった。


 チッ!! と軽く舌打ちする。


 側にいたウサギのお姉さんが、酔っぱらいの妄言を注意しようとしたのを私は腕を掴んで止める。


「……ムツキ様」


「あーいう手合いは無視するのが一番。私のために自分の品位を下げる必要ないです」


 こういう馬鹿は相手にするだけ馬鹿だ。時間の無駄遣いもいいところ。無視が一番。


「ああ!? 随分と威勢がいいな。黒の英雄さんよ!! ウサギのねーちゃん可愛いから、良い格好したいのか!?」


 ジョッキー片手にこっちへ来ようとする。完全な千鳥足だ。


 人が折角黙ってやり過ごしてあげたのに、馬鹿はどこまでも馬鹿だった。

 

 ほんと分かってない。私が止めてるから、まだ生きていられてるって事に。止めてなかったら、汚物を吐きながら倒れてる筈だよ、あんたたち。


 殺気を必死で押し止めている面々の表情が、完全な無表情になっている。偶然にも居合わせてしまった傍観者たちが、本能的に危険を察知して数歩後ろに下がる。


「…………黙れ。誰に向かって口をきいている」


 僅かに殺気を放ちながら、低い声で恫喝する。


 近付いて来る酔っぱらいの足が止まった。ガクガクと膝が笑っている。ちょっと殺気を放っただけでこれだ。


(そんなんで、喧嘩売ってくんな)


 汚物を見るような冷たい目で酔っぱらいを一瞥すると、ウサギのお姉さんに視線を移した。


「大丈夫? 動けるようなら、ギルマスがいるか確認して欲しいんだけど」


 殺気を間近で受けたウサギのお姉さんを心配する。しかし意外にも、ウサギのお姉さんは平気そうだった。若干、顔色が悪く震えてるけど。


「直ぐに確認をとって来ます!!」


「その必要はありませんよ」


 ウサギのお姉さんの声に被さるように、落ち着いた男性の声が室内に響いた。


「副ギルマス!!」


「少し休んでから仕事に戻りなさい。ムツキ様は私がご案内します」


「分かりました」


 ウサギのお姉さんは副ギルマスに一礼すると、仕事に戻った。


「ではどうぞ、ムツキ様。ギルマスがお待ちです」


 私が一歩踏み出すと、モーゼの海のシーンと同じように人の波が左右に綺麗に割れた。









「災難だったな」


 部屋に案内された私たちの顔を見たギルマスは苦笑する。


「ほんとに……勘弁して欲しいです」


「白の大陸の奴らにも困ったもんだ」


 ジェイも相当うんざりしているのか、眉間のしわが深い。


 あーー。私は逃げたけど、ジェイは直接対峙したんだろうね。そりゃあ、うんざりするわ。何せ、相手は言葉が通じない馬鹿たちだからね。


「ジェイさんも、相当疲れたようで……」


「まぁな。書類の束を片付ける方が遥かにマシだ」


 ジェイは深い溜め息を吐きながら、力なくぼやく。


「でしょうね。言葉が通じない、特殊な思考をお持ちの方たちのようでしたから」


「自分の考えが、世界の常識だと思ってるからな」


 まさにそうだね。激しく同意するよ。


「白の大陸の皆様は皆そうですよね」


 会ったことがある天翼族は、翼王や皇子、それに皇女の三人だけだ。その三人共、皆揃って、根っこは同じような思考を持っていらっしゃる。


「……そうだな」


 苦笑しながらも、認めるジェイ。苦労してるね……ジェイさん。


「二回程、ここにも来たそうで?」


「ああ。ムツキを出せって乗り込んで来たな。幸いにも、聖竜キリン様の名前を出さないだけ、まだマシだったが」


(確かにマシだよね。ジェイさん的には。ちゃんと分かってるよ。だけどね、そのせいで私が何て言われてるか知ってる?)


「そこは頭が働いたようですね。でもそのせいで、私は皇女様に手を出して逃げて回ってるって思われてますよね。ましてや、身分のある人の愛人だとか……。本当、噂って恐ろしいですよね。そう思いませんか、勇王様」


 少しだけ八つ当たりしてもいいよね。ていうか、する。


「本当にすまない。ムツキに、謂れのない悪評がたってしまったな」


 申し訳なさそうに頭を下げようとするのを、私は止める。ジェイが頭を下げる必要はない。ジェイもある意味被害者だ。


「……それで、皇女様たちはまだグリーンメドウに居るんですか?」


「いや、もういない」


「それは良かった。てことは……恐らく、蒼の大陸の国境で待ち伏せしてますね」


「まぁ、普通はそう考えるよな」


 斜め上の考えを持っている一行たちだから、普通が当てはまるか分からないけど。といって、所詮斜め上の考えが読めない以上、国境で待ち伏せしてるって考えた方がいいよね。


「ですよね……。となると、国境で鉢合わせ決定ですね」


 いくら転移魔法が使えるからといって、国境を無視して入国する訳にはいかない。


 私たちだけならまだ誤魔化せるけど、今回もジェイに送ってもらう。勇王に無断入国を勧める訳にはいかないしね。憂鬱ゆううつだ。とってもね。


「なら、黒の大陸から入ったらどうだ?」


 ジェイがそう提案してきた。


「……黒の大陸から」


 確かにその方が、会う確率は低いかも。裏をかくってやつね。恐らく、皇女様一行(花畑組)は朱の大陸から入るって考えてる筈。裏の裏をかかれるかどうかは運次第か……。


「そうですね。分かりました。その方がいいと思います」


 という訳で、黒の大陸から蒼の大陸に行くことが決定した。




 

 いよいよ、次回は蒼の大陸に向けて出発します。それでは、次回をお楽しみに(*^▽^)/★*☆♪

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