第十五話 偽王
「……私は悪くない……私は……………私は……」
譫言のように、同じ事を呟き続ける偽王。現実逃避は許さない。
「そこの女が偽巫女長って理解出来たと思うけど……で、貴方は彼女の指名で鬼王になったのよね。本物の巫女長を無視して。そう報告を受けているけど、違った?」
「……角なしに何が出来る!? そうだ。私は間違っていない。この大陸を平和に導けるのは私だけだ!! 優秀な私だけだ!! 決して、角なしではない!!!!」
偽王は唾を飛ばしながらそう捲し立てる。まるで、自分に自己暗示を掛けてるようだ。
「では、ゲンブが間違っていると?」
自然と2オクターブ程声が低くなる。この男は気付いているのだろうか、私の話し方が変わっている事に。
「そもそも、ゲンブ様は私を指名した筈だ。それを、巫女長が勝手に角なしの奴に言い換えた。……そうだ。そうに決まっている。私は悪くない!!」
この男はどこまでも自分の非を認めない。自分の都合が良いように勝手に変換する。愚かだ。愚か過ぎる。
「巫女長がそんな事をして、何の得がある?」
「そんな事、私が知る筈ないだろ!!!! それより、貴様は私に対しこんな真似をして、只ですむと思っているのか!!!!」
「思うが。忘れていないか、偽王。私は護りてだという事を」
半ば呆れながら繰り返す。【護りて】の地位は、五大陸の王よりも高い。ある一定の貴族、政治に関わる者は知っている常識だ。
しかし、現実に【護りて】が名乗り出る事はまず(こんな事がない限り)ないから、その存在は幻に近くて現実味はないだろうけど。
「貴様こそ、護りてという事をかさにきてやりたい放題。所詮、平民風情が「確かに私は平民だ。だから問題があるとでも? 罪人風情が何を言ってるの」」
「無礼な!! 私は罪人では「煩い!!」」
私は玉座から降りると、偽王を蹴り飛ばした。魔力を少し流したから、偽王は派手に床を転がる。多少の手加減をしたから、気を失うまでのダメージを与えてはいないけど、それでも、お坊っちゃまには相当なダメージだった。肉体的にも、精神的にも。
「ゲンブの選定を無視し、鬼王を名乗りし罪。この大陸から太陽を消した罪。そして、最大の罪はゲンブを呪った罪。何度死んでも、償いきれない罪を重ねているのに、気付かぬ愚か者。それがお前だ!! いい加減、現実を見たら?」
偽王は痛みと屈辱で呻いているが、その目は私を睨み付けている。構わず私は続けた。
「戴冠式でゲンブは偽王、お前に加護を与えなかった。分からない? アクシデントがあったでしょ。四大陸の王はその事に気付いていたから、早々に国に戻った。そして、その事に気付きながらも、この大陸の住人はお前を王として認めた。その時点で、この大陸の住人はゲンブからの加護から外れている。今現在もね」
偽王は目を見開く。
「偽王、貴方に訊く。鬼王の役割は何だと思う?」
「……国を護り、繁栄させる事だ」
思っていた通りの答えが返ってきた。
「貴方は先代の鬼王を見ていて気付かなかったの? 貴方の父親は内政に参加していた? 苦手としていたんじゃない? ……王は民を護る盾。言葉のあやでなく、本当の意味で盾の役割を務める存在。だから、率先して戦地に赴く。それこそ自分を盾にしてね。角なしだろうが、平民だろうが関係なく。……偽王、私を平民と嘲り、角なしを卑下する貴方に盾が務まるのかな? 命を掛ける事が出来るの? 笑って死ねる?」
さっきまで睨んでいた目が、力ないものへと変わる。項垂れる偽王。
「…………そんな事……私は……「知らなかったは通用しない」」
まだ尚も言い訳をしようとした偽王を、私はきっぱりと否定した。
「黙って聞いてれば、好き勝手な事ばかり言って!! そんなの貴女の勝手な妄想じゃない!! 角なしが鬼王だって、そんなの間違ってるわ!! 角なしに民が付いていくの!? 貴族がいう事を聞くと思うの!?」
黙っていた偽巫女長が捲し立てる。
それは人間の言い分だ。聖竜が選ぶのはこの大陸の安定だ。眷族でありながら、最後まで彼女は分かっていない。
「で、角なしの鬼王に刺客を送り排除して、勝ち取った生活はどうだった?」
偽巫女長は屈辱に顔を歪める。
「私は間違ってない!! 絶対、間違ってない!!」
この女は何があろうとも、絶対に己の罪を認めないだろう。この場にいる全員がそう思った。反対に、私たちが罪人だと信じて疑わない。
彼女の中に、眷族のケもないだろう。
「それを決めるのは、お前ではない」
ついつい、また言葉遣いが乱暴になる。
「あんたこそ、ゲンブ様の威光をかさにきて弱い者苛めをしているじゃない。さっさと、ゲンブ様に加護を戻すように言いなさいよ!!」
そう叫んだ瞬間、炎の槍が偽巫女長に襲い掛かった。命は奪わない。火の槍は両足を容赦なく貫いた。傷口は焼かれ、二重の痛みを味わう。痛みで悲鳴を上げるが、それさえ不快に思ったのか、シュリナは偽巫女長の声を封じた。痛みでのたうち回る。
その姿を見て、同情する者はいなかった。さすがの偽王も眉をしかめている。
「貴様は神にでもなったつもりか」
低い、とても低い声が隣から聞こえた。
「自分が正しいと思った事が、全てにおいて正義だと思ってる残念な人なんだよ、シュリナ。にしても、自分の勝手な思い込みで巻き込まれた人たちは憐れよね。同情はしないけど……。今頃、彼女の故郷はどうなってるか……」
全然聞いてはいないけど。罪を明らかにした事だし、そろそろ決着を付けましょうか。
「護りてを担う者として沙汰を下す。偽王及び偽巫女長、双方の罪は非常に重い。よって、貴族の地位を剥奪。その身を奴隷に落とす。犯罪奴隷よりも重い、永久奴隷とする。貴方たちのせいで死んでいった者たちの命を、その身で一生涯償い続けなさい。この地でね」
偽王と偽巫女長の足元の床に黒い魔方陣が浮かぶ。絶望した表情を浮かべる偽王と偽巫女長。
痛みにのたうち回りながらも、自分の身の異変は感じたようね。
「ああ、それから、安心して。特別に加護を付けてあげる。傷と病気は寝れば治るように。狂わないようにもしといてあげる。嬉しいでしょ」
黒い魔方陣に新たな文字が浮かぶ。
二重に施された魔法は、偽王と偽巫女長の魂と体にしかと刻み込まれた。その苦痛に、二人は悲鳴を上げ失禁しながら気を失った。
「偽王と偽巫女長を擁護した貴族の地位と財産全て剥奪。犯罪奴隷とする。彼らに手を貸した部下に関しては平民とする」
「子供と孫はどうしますか?」
ケイが尋ねる。
「加担した者は全て平民に。加担しなかった者は地位を二つ下げ存続させる」
「遺恨が残らないか?」
シオンが尋ねた。
確かに遺恨は残るだろう。それが、新しい争いを生むかもしれない。しかし、全ての貴族を平民にする訳にはいかない。国が成り立たなくなる。
「残るでしょうね。でも、偽王と偽巫女長の姿を見て、反論する気概が彼らにあればいいけど」
「ないわな」
「期待しましょう」
シオンとケイはニヤリと笑う。私も笑みを浮かべた。
さて……最後の仕上げだ。
「リック、クロード。彼らを城外に」
「「……畏まりました」」
顔を引きつらせ躊躇しながらも、二人は偽王と偽巫女長を抱え謁見室を出て行った。
偽王と偽巫女長は最後まで、リックとクロードの存在に気付かなかった。命を狙ったにも関わらず。
ゲンブが指名した角なしの手によって、城外に放り出されるーー。
その事実が何よりも大事だった。
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