第十話 黒竜
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光の道が消えた。
どうやら、ここがゴールのようだ。
森の奥から僅かな光が見える。私は緊張しながらも、セッカとナナと一緒に奥へと進んだ。
拓けた空間があった。その奥には石の台座。
そして、台座の真ん中に、小さな黒い生き物が丸まって寝ていた。シュリナやヒスイより一回り小さかった。あまりにも小さくて、そのまま消えてしまいそうな、儚さと脆さを感じた。
(こんなに、小さかったか……)
不意に、そんな思いが頭を過った。
「…………ゲンブ……」
頭で考えるよりも先に口が動いていた。と同時に、私は走り出していた。台座に上がり、黒い生き物の側に駆け寄る。膝を付いて、その小さな背中に触れようとした。
「触るな!!」
厳しい声がして、伸ばしていた手が、見えない手で弾かれる。少し、手の甲が赤くなる。痛くはない。でも、心が、胸が酷く痛んだ。
急に怒鳴ったせいか、ゲンブは激しく咳き込む。濁った鮮血と、何かの肉片のようなものを吐き出す。
「ゲンブ!!!!」
再度、小さな痩せ細った背中に手を添えようとした。その小さな体を抱き締めようとした。
しかし、ゲンブの激しい拒絶で、私は台座から落とされる。
何で!?
そこまで拒絶される理由が分からなかった。思わず泣きそうになる。それでも……何度拒絶されても構わない。ゲンブを抱き締めたかった。でも、また興奮させて血を吐いたらと思うと、動けなかった。
「頼むから触らないでくれ。……ムツキの事が嫌いでも、責めているのでもない。ムツキは本当に良くやってくれた。瘴気の中、私に会いに来てくれた。それだけで、私はこの地獄から救われたのだ。誇ってもいい。だから、泣くな」
とても苦し気な声だ。血を吐く程苦しい筈なのに、その目はとても穏やかで優しかった。
「だったら、何故!?」
私は台座に近付く。
「……これ以上は駄目だ。私の穢れがムツキに移ってしまう」
「穢れが移る……?」
「ムツキも気付いているのだろう。この瘴気が何処からきているのか」
確信はなかった。気付いたのも、ほんのついさっきだ。確証も論理付ける証拠もない。ただあるのは、ちょっとした違和感だけだった。
「…………竜脈」
「そうだ。瘴気は竜脈から発生している」
「じゃあ、魔物が発生しているのも竜脈から?」
ゲンブは頷く。
ーー竜脈。
それは、大陸全土に広がる血管のようなものだ。そこを流れる竜気によって、大陸は維持されている。
シュリナと再契約を交わした後、ホムロ山が活性化したのも、竜気の力が増したからだ。その竜気をコントロールし、大陸全土に恩恵を与えているのが聖竜なのだ。
「…………ゲンブは、自分がこうなるって分かっていながら、加護を外したの……?」
涙が溢れ出てきた。頬を伝い、落ちていく。
加護を外すという事は、恩恵を与えない事を意味する。それは同時に、竜気のコントロールを放棄する事に他ならない。
(本当に私は馬鹿だ。放棄するって事がどういう事か、これっぽっちも分かってなかった)
人間もそうだけど、濁った血は色々な病を引き寄せる。
竜脈の場合、それが、魔物の大量発生だった。
大量発生した魔物は鬼人を襲った。大地は血に染まり、澱となって蓄積し、竜脈を更に汚した。結果、更なる病を引き起こした。
それが、瘴気だ。
聖竜は竜脈と繋がっている。
つまり、自身も竜脈と同様に穢れる事を知りながら、ゲンブは加護を外したのだ。
加護を外したから魔物が大量発生した。確かに事実はそうだ。魔物たちが鬼人を殺し、大地が穢れた事が、ゲンブの穢れ〈呪い〉に繋がっている事も間違いない。でも、結果が分かっててそうなったのと、そうじゃなかったのとでは、大きな隔たりがある。
「…………」
ゲンブは答えない。何かを言い掛けて止める。どんなに言葉を紡ごうとも、それは言い訳にしかならない事を知っているからだ。
ゲンブは、過ちを気付かせようとしたのかもしれない。自分の身を、命を削ってまで。巫女長の命を危険にさらしてまでもだ。そこまでするのは、ゲンブが大陸の住人を愛しているから。そう思うと、何か腹が立ってきた。そこまでの愛に気付かない住人たちに、そして、自分の身を傷付ける事を選んだゲンブ自身に。
「……ゲンブが穢れた理由は分かった。で、どうして、私がゲンブに触れたらいけないの? 触って、穢れが移るから? 何で、触っただけで穢れが移るの?」
ゲンブに詰め寄る。拒否られてもいい。弾き飛ばされてもいい。私は再度台座に上り膝を付く。手を伸ばせば触れれる距離だ。
「そ、それは……」
「何故?」
誤魔化す事は許さない。逃げる事もだ。
「私に触れれば、ムツキは思い出す。イオリが掛けた術式はそういうものだ。分かっているだろう」
ゲンブは顔を伏せる。
ゲンブが言った通り、途中から私は気付いていた。始めは触れたら痛いからだって思ったけど、あまりにも頑なに拒むから気付いた。ゲンブが私に触れて欲しくない理由が、そこにある事を。
伊織さん(先代)が師匠とサスケ(本体)に内緒で、私に託した魔装具は、私の過去世を思い出すための〈鍵〉だった。
聖竜に触れる事によって術式は発動する。過去の自分が聖竜たちに付けた名前を私が口にする事で、再契約が結ばれる仕組みだ。そう……魂の契約を。
魂の契約は、その言葉通り、ゲンブの魂と私の魂を繋ぐ事だ。
ゲンブが恐れているのは、私に穢れ〈呪い〉が移行してしまうかもしれない危険性だ。それを回避するために私を拒む。
(その可能性は大だろうね。だから、何? だから、私に何もするなって言うの?)
今度は私のために、ゲンブは再契約を拒んだ。
私のために、死を選んだ。
「ふざけないで!!!! 民のために自分から傷付いて、今度は私のために死を選ぶ。そんな事、許せるか!!!! そんな事をされて、私が嬉しい、ありがとうって感謝するとでも思った!? 見くびらないで!!」
「……ムツキ」
「最後まで生きる事を諦めるな!!!! 生き残る道があるなら、最後まで足掻け!!!! ゲンブが死んで、新しいゲンブが生まれるかもしれない。でもね、今この瞬間を生きてるゲンブは、この世からいなくなっちゃうんだよ。私を、アキラを知ってるゲンブはいなくなるんだよ。ゲンブが死んだら、シュリナもヒスイも、私も、皆悲しむ。悲しむ人がいるなら、死んだらいけない。絶対に!!」
「…………ムツキがそれを言うのか」
そう答えたゲンブの声は、とてもか細いものだった。
「私は最後の瞬間まで諦めなかったよ。最後まで、皆の元に戻ってやると思ってた。出来なかったけどね」
「ムツキ!!!!」
私は小さな黒竜を抱き締めた。ゲンブは慌てる。もう遅い。クスッと笑う。
「戻るのが遅くなったな。待たせて、ごめん。ーークロガネ」
最後まで読んで頂きありがとうございますm(__)m
やっと、黒竜が登場しました!!
【呪われた黒竜編】ラストスパートに向けて、頑張ります。
それでは、次回をお楽しみに(*^▽^)/★*☆♪




