〈第三十一話 教会〉
ーー結界が壊れている。
ヒスイが厳しい声で、そして辛そうな声で、はっきりとそう告げた。
その声に胸をギュッと締め付けられながら、私は思い返す。
この廃村に入る時に、何も感じなかったなと。
それに遠くからでも、そこに村があるのが見えた。ゼロやミレイでも。
結界がきちんと機能していれば、ゼロやミレイの目に廃村が映る事はなかった筈。翠の大陸のように。
でも、現実は無情にも違う。私たちに、現実を突き付ける。
『……ゲンブは大丈夫なの?』
中継地点にある魔方陣が使えないかもしれない事よりも、私にとってゲンブの体の方が心配だった。
『大丈夫だ。まだ、微かだが、ゲンブの意識を感じる事が出来る』
微かに……
思わず、心の中で呟いてしまった。
『心配するな。俺たちは死なないから』
シュリナとヒスイは、いつも私に気遣う。
一番心配しているのは、シュリナやヒスイの方なのに。
その優しさに、私は一層胸が痛む。
でも、その痛みを口にはしない。胸の内でも呟かない。
もし聞かれたら、シュリナとヒスイは自分の心を今以上に圧し殺す。絶対に。不器用なまでの優しさで。
だから、私は呟かない。
それに五聖獣たちは、意識や記憶を共有する事が出来た。
だから、シュリナやヒスイとの旅の様子は、他の五聖獣たちにも勿論伝わっていた。
意識や記憶を共有出来るという事は、反対に、五聖獣の苦しみや辛さも、等しく共有される。
ゲンブがそれを拒んでいたとしても。
シュリナとヒスイは口には出さないけど、実際に、体の不調や魔力の衰えは、他の聖獣にも伝わっていた筈。ひしひしと……。
実際、共有出来るからといって、現実的に、シュリナとヒスイの体調が悪くなるわけじゃないけど、それでも、精神的には……心には、明らかにダメージを受けている。今も……それでも、
『ヒスイ、シュリナ。自分たちを大事にして。私を大事にしてくれてるのは分かる。嬉しいよ。……でもね、反対に私も大事なんだよ。シュリナやヒスイのことが』
お願いだから……。
心から願う。だから、これだけはどうしても言いたかった。
『『…………』』
シュリナとヒスイは黙り込む。
今すぐ変わるとは思わない。
それでも、少しでいいから、シュリナとヒスイの心の片隅に、私の言葉が残ってくれればと……切に願った。
「この下に、魔方陣があるの?」
荷馬車から降りた私は、教会の扉の前に立ち、シュリナとヒスイに確認した。廃村の一番奥にある教会の地下に、魔方陣があると、シュリナとヒスイが教えてくれたからだ。
「「そうだ」」
緊張しているのか、シュリナとヒスイの声は少し固い。
「じゃ、行こうか」
私の声も、つられるように固くなる。
皆を見てから、私は扉に手を掛けた。鍵は掛かっていなかった。ギーと木が軋む音をさせながら、私は重厚な扉を開ける。
閉めきっていた筈なのに、空気は不思議と淀んでいなかった。
何……この感覚……?
一歩、教会内に足を踏み入れた途端、何か温かいものに、下からフワッと包み込まれたような気がした。
「ムツキ様?」
足を止めた私を心配して、ミレイが後ろから声を掛けてくる。
「…………これって、魔力?」
自信はないけど、今感じたのはーー。
「おそらく、間違いないな」
「ああ。間違いないぜ」
「僕も、微かだけど感じたよ」
「私も感じました」
「キュ~~(僕も~~)」
シュリナたちも感じたようだ。
それじゃ、魔力で間違いないんだね。
シュリナやヒスイは特別として、私の仲間たちは優秀過ぎるよね。微かな魔力を感じ取る事が出来るんだから。ほんと、頼りになります。
感じた魔力が温かかったから、魔力の主は私たちに敵意はない筈。実は、これとても大事。
この魔力の発信源は、おそらく地下の魔方陣だと思う。
だって、下から伝わってきたし、この近くで魔力を発信出来るものは、魔方陣しか考えられない。念のために、周囲を探ってみたけど、何も感じなかった。
「やっぱり、地下の魔方陣から漏れ出たのかな? もしそうなら、機能している可能性大だよね!」
嬉しくて、思わず声が弾む。
だって、機能していなければ、魔力を感じ取る事は出来ないからね。
「……上手く機能してればいいが」
シュリナがボソッと小さな声で呟く。その声は、はっきりと皆の耳に届いた。
確かに、シュリナの言う通りだ。上手く機能していなければ、使えない。
弾んでいた気持ちが、途端にシュンとなる。それでも、気持ちを奮い立たして私は言った。
「そうだね。取り合えず、地下に行って確認しないとね」と。
お待たせ致しましたm(__)m
最期まで読んで頂き、ありがとうございますm(__)m
次回は、〈魔方陣〉にてお会いしましょう。




